第72話(ユーリア視点)嘘つき
ドカッ! と鈍い音を立てて、ブラックドラゴンが地面に倒れた。
口の角度が変わり、黒い炎が上空で消える。
直後に、光の雨が降って周囲の低級・中級の魔物が一気に消滅した。
「フィーネ⁉」
返事はない。代わりに、ブラックドラゴンに無数の風の刃が襲いかかる。
硬い鱗に覆われているとはいえ、度重なる攻撃にブラックドラゴンは何度も呻いた。
(暴走……は、していない……?)
いつの間にか、フィーネは空に浮かんだ状態で次々とブラックドラゴンに魔法を仕掛けていた。
一撃一撃の威力は低いが、途切れない攻撃にブラックドラゴンも身動きが取れなくなっている。
魔力に反応して自動的に敵を攻撃するのではなく、対ブラックドラゴン用の戦闘を意識して動けているのは明らかだ。
「あっ……!」
フィーネの足から血が滴り落ちている。鋭い物を突き刺したような傷があった。
(もしかして、自分でやったの?)
先程のフィーネは魔力も体力も限界が近いようで、明らかに意識がぼんやりとしていた。
確かに、自ら肉体を傷つけるのは効果的な対処法だろう。
だが、普通はやれない。
(そこをやっちゃうのが、あの子なのよね……)
フィーネが攻撃を一瞬止めると、ブラックドラゴンが炎を吐き出すために口を開いた。
その瞬間を狙っていたのだろう。地面を蹴って、フィーネが真っ直ぐにブラックドラゴンへ向かう。
黒い炎を打ち消すように水属性魔法で対抗しながら、ブラックドラゴンの口内にめがけて風の刃を放つ。
苦しんだブラックドラゴンがさらに口を開けた瞬間、フィーネ自身がドラゴンの口内に飛び込んだ。
「ぎぃいいいいいいいいいいいいっ‼」
断末魔のような悲鳴と同時に、ブラックドラゴンの頭からフィーネが出てくる。
頭を破壊されたドラゴンは地面に倒れ込み、しばらくすると動かなくなった。
フィーネのために、自分を処分してもらう。
魔法人形として蘇った時から、ユーリアはそのことをずっと考えていた。
先延ばしにし続けてきたのはフィーネの精神を気遣ってのことだが、それだけではない。
ユーリア自身も、フィーネと過ごす日々が楽しかったからだ。
(フィーネが一人で生きていけるようになったら、私は死ぬ)
そう決めた。
そして、その時がきたのだ。
魔法人形屋として働き始め、フィーネは少しずつ変わった。
昔のように、人を信じられるようになってきた。
それに今回、魔法人形屋としてではなく、フィーネ・フェルナー個人としての依頼を受けた。
ブルクハルトに手紙を出し、『彼女自身になにか依頼してほしい』と頼んだのはユーリアだ。
フィーネはブルクハルトのことを避け続けていたが、彼に頼られれば拒めないはず。
一度依頼を受ければ関係も改善されるだろうし、フィーネも自分の力を使うことに前向きになれるだろう。
だから元々、今回の依頼で終わらせるつもりだったのだ。
――なのに。
「安心して、ユーリア。これからは絶対、私がユーリアを守るから」
戦闘を終えたフィーネが戻ってくる。
左足から大量の血が出ているのに、彼女はユーリアを安心させるように笑っていた。
ブラックドラゴンは魔法軍にも恐れられる厄介な魔物だ。なのにフィーネは、一人でブラックドラゴンを倒した。
しかも、モンドの住民全員を救いながら。
(やっぱりフィーネは、天才だわ)
出会った時からそうだった。
彼女はユーリアがいなくたって、なんだって一人でできたのだ。
そのことに気づいていないのはフィーネだけだった。
彼女はよく、『ユーリアがいないとだめだな、私』なんて笑っていた。
(私はそれを、一回だって訂正しなかった)
フィーネの隣にいたかったから。必要とされていたかったから。
二人で夢を、一緒に見ていたかったから。
(全部、終わりにする。そう決めてたはずなのになあ……)
ぼろぼろのフィーネが、ユーリアをぎゅっと抱き締めてくれる。
小さい身体なのに、いつだって彼女はたくましい。
「……みんなを守れて、本当によかった……」
自分がぼろぼろなのに、フィーネは人のことばかりを気にしている。
こんな状況で、普通はモンドの住民全員を守ろうなんて発想は出てこないだろう。
優しくて強くて……そして、誰よりも理想を見ることができる人なのだ。
「……フィーネ」
名前を呼ぶと、フィーネはふらりと倒れてしまった。慌てて彼女を支える。
フィーネは完全に意識を失っていた。遠くから、彼女の名を呼ぶ声が聞こえる。
ブルクハルト達が戻ってきたのだろう。
今回の任務中、フィーネは楽しそうだった。
ブルクハルトだけでなく、実力のある魔法使いと共に戦えたことが楽しかったのだろう。
他人と上手くコミュニケーションがとれない、なんて言っているけれど、そんなことはない。
彼女に興味を持つ人間は多いし、彼女だってちゃんと他人に興味を持てるのだ。
「……ねえ、フィーネ」
そっと頭を撫でる。ゆっくりと息を吐いて、ユーリアは何度目かも分からない嘘を口にした。
「まったく……貴女って、私がいないとだめね」
意識を失っているはずのフィーネが、力強く頷いたように見えた。




