第71話 今までありがとう
なんとか右に躱したが、左足に爪の一部が刺さった。
骨にまでは達していないだろうが、足からだらだらと血が溢れ出す。
呼吸を整える暇もなく、ブラックドラゴンが次々に攻撃してくる。
転がるようにして避け続けるが、限界が近い。
(もっといけると思ってた……っ‼)
今のフィーネは、ユーリアの維持に膨大な魔力を使っている。
昔と同じように戦うには魔力量が不足しているのだ。
(街の人達は守ってる。だから、このまま時間を稼げば、ブルクハルトさん達がきてくれるかも……‼)
そんな考えが頭をよぎった瞬間、背中に強い衝撃を受けた。
「うっ‼」
地面に叩きつけられ、そのまま三回転する。後ろからぶつかってきたのは、猪のような姿をした魔物だった。
(そうだ、ブラックドラゴンだけじゃなくて、こいつらもいるんだ……)
普段なら、低級や中級の魔物がいくらいても大した敵ではない。
だが今のフィーネにはもう、広範囲攻撃の魔法を放つ力が残っていない。
再びブラックドラゴンの爪が迫る。
全身が痛んで、起き上がって避ける力は既になかった。
(私、死んじゃうのかな……)
フィーネが死ねば、街の人を守る結界も解けてしまう。
今死ぬのはまずい。だが、もう身体が動かず、意識もぼんやりしてきた。
「ぐぅああああああああああっ‼」
ブラックドラゴンが叫んで大きく口を開ける。黒い炎が吐き出された。
思わず目を閉じる。あの炎に焼かれたら、跡形も残らず消えてしまうだろう。
「フィーネっ‼」
ユーリアの声が聞こえて、直後に身体が浮かび上がった。彼女が助けてくれたのだ。
「……ユーリア」
「おまたせ、フィーネ。……なんて、言ってる状況じゃなさそうだけど……」
慌てて戻ってきてくれたのだろう。ユーリアの息は随分と乱れている。
それでもフィーネを抱えたまま、飛び回ってブラックドラゴンや他の魔物からの攻撃を避けてくれた。
しかし、当然ながらフィーネを抱えつつ戦う余裕はない。
このままでは、ユーリアの体力も尽きてしまうだろう。
「ねえ、フィーネ」
「なに?」
目が合うと、ユーリアは穏やかに微笑んだ。状況に相応しくない笑い方に胸が騒ぐ。
「私を処分して」
「……は?」
「そうすれば貴女はちゃんと戦えるでしょう?」
フィーネの目を真っ直ぐに見つめ、ユーリアは穏やかな声で話を続けた。
「私の維持に貴女がどれだけ魔力を使ってるのかくらい、私にも分かるわ。だから、今すぐ私を処分して」
「ユーリア……」
彼女の言う通り、今のフィーネは魔力の大半をユーリアの維持に使っている。
だから他の魔法人形は一日しか維持することができないし、今も魔力が切れそうになっているのだ。
仮にユーリアを今すぐ土に戻せば、簡単に現状を打破できるだろう。
ブラックドラゴンは硬い鱗に覆われていて攻撃がなかなか効かないが、内部への攻撃は有効だ。
炎を吐き出す瞬間は大きく口を開けるから、その隙に身体の内側を狙うことができる。
(魔力さえあれば、私ならできる……)
ユーリアはフィーネの頬をそっと撫でた。
「今までありがとう、フィーネ。私、貴女の傍にいられて嬉しかったわ」
「……やめて」
「食事ができなくて、普通の人間の身体じゃなくても、フィーネの隣にいられるだけで楽しかった。一緒に魔法人形屋ができたのも、すごく幸せだったの」
攻撃を躱しながら、ユーリアが泣きそうな顔で言葉を紡ぐ。
こんなのはただの、別れの言葉だ。
「貴女が私以外と関わろうとしないことも、本当は、ちょっぴりいい気分だったのよ」
「やめてってば……!」
聞きたくない。
(なんで、そんなにすっきりした顔で笑うの?)
ユーリアの死を受け入れることなんてできなかった。
彼女がいない日常を過ごすことが嫌だった。
だから、悪いと思いつつ彼女を作ったのだ。
魔法学園から逃げて、魔法軍から逃げて、他人のために努力することから逃げて、夢から逃げて。
あらゆるものから逃げた先で、ただひたすら、ユーリアと一緒に過ごすことを選んだ。
作り物でも、彼女と一緒にいたかった。
(だって、だって私は……)
初めて出会った時からずっと、ユーリアはフィーネの味方でいてくれた。
フィーネを信じてくれて、だめなところは叱ってくれて、いつも一緒にいてくれた。
彼女と一緒だといつもよりご飯が美味しくて、見慣れた景色もなんだか綺麗に見えて、疲れた時だって頑張れる気がした。
未来が楽しみだと、心の底から思えていた。
「ユーリアのこと、大好きなのに……っ‼」
ぶわっ、と瞳から涙が溢れ出す。
困ったように笑うと、ユーリアはその涙を手のひらで拭った。
「ありがとう、フィーネ」
微笑んで、ユーリアはゆっくりとフィーネを地面に下ろした。
「私も貴女が大好きよ。ううん、大好きなんて言葉じゃ足りないかも」
必死に体を起こす。ユーリアは、拒絶するようにフィーネの額を軽く押した。
「フィーネ。愛してるわ、永遠に」
今まで見た中で、一番綺麗な笑顔だった。
ユーリアは手を振って、ゆっくりとブラックドラゴンめがけて歩いていく。
ユーリアに反応し、ブラックドラゴンが大きく口を開けた。
「だめ……だめだってば……っ‼」
彼女は死のうとしている。
外的な攻撃によって魔法人形が壊れることを知っているのだ。
フィーネが彼女を処分しなくても、身体が壊れればユーリアは死ぬ。
そして、もう二度と蘇ることはない。
ブラックドラゴンの炎に焼かれれば、ユーリアは完全にこの世から消滅してしまう。
(私、またユーリアに守ってもらうの……?)
彼女が死んだのは、フィーネを守ったからだ。
フィーネを助けなければあの日、ユーリアはちゃんと逃げられていた。
なのにまた、彼女はフィーネを庇って死のうとしている。
(死因を覚えてないから? ううん、きっと違う……覚えていたとしても、ユーリアは私を守ろうとしてくれたはず)
全身の力を振り絞ってなんとか立ち上がる。
ブラックドラゴンが吐き出した黒い炎が、ユーリアの身体を包もうとしていた。
(このままじゃ、あの時と同じ……そして、両親が死んだ時とも同じだ)
それでいいはずがない。
「動いて……ううん、動け、動け……っ‼」
杖をぎゅっと握って、左足の太ももに突き刺す。血が噴き出てきて、痛みと引き換えに意識が鮮明になった。
そのまま、血で太ももに魔法陣を描く。
『自己人形化』
今度こそ、絶対にユーリアを助けてみせる。




