第69話 ブラックドラゴン
「……この洞窟、かなり魔物の気配が強いな」
洞窟に入る前に、エドガーが神妙な面持ちで言った。
彼の言う通り、洞窟内からは魔物の気配をかなり強く感じる。
(昨日魔法鏡で確かめた時も、かなりいっぱい魔物がいたし……)
加えて、洞窟内部は黒魔石で溢れている。
黒魔石は魔物の魔力を強化する効果があるから、洞窟内にいる魔物達は低級の魔物でもそれなりに強くなっているはずだ。
「あの、ブルクハルトさん。ブルクハルトさんって確か、前にブラックドラゴン討伐に参加したことがあるんですよね?」
「ああ。こちらから攻撃するまではおとなしいが、反撃の力は凄まじい。できる限り、戦いを長引かせないのが重要だ」
とはいえ、ブラックドラゴン相手に短期決戦は難しい。
(とりあえず、やってみるしかない……よね)
洞窟に入る直前に、ノエルが光松明を一人一個渡してくれた。
光属性魔法を帯びた松明で、暗闇を照らしてくれる便利なアイテムだ。
あらかじめ魔力を入れておくタイプの魔法具で、フィーネ達が魔力を消費せずに済む。
(相手はブラックドラゴンだもん。ちょっとだろうが、魔力は温存しておいた方がいいよね)
ノエルの気遣いに感謝しつつ、光松明を片手に洞窟へ足を踏み入れる。
その瞬間、耳を塞ぎたくなる程の羽音が洞窟に響いた。
「フレーダーマウスだ! 引っかかれると手足が痺れる。気をつけろ!」
薄暗い洞窟内で魔物の識別は困難なだけに、ブルクハルトの適切な指示がありがたい。
とりあえず、結界魔法で自分とユーリアの身体を守る。
洞窟内は狭く、下手に魔法を使うと他の人達に当たってしまいそうなのだ。
どうやら、他の三人も同じ結論に達したらしい。
(ただ、結界を解かないと攻撃もできないんだよね……)
どうしたものかと考えていると、ノエルが懐から小瓶を数本取り出した。
中には薄紫色の液体が入っている。
「ぜっ、全員っ、鼻を塞いで……!」
大声を出すことに慣れていないのか、ノエルの声がひっくり返った。
一瞬だけ結界を解いたノエルが小瓶を壁に叩きつけるように投げる。
小瓶が割れた瞬間、とんでもない悪臭がした。
(鼻を塞げって言われたけど、それだけじゃ全然足りない……っ‼)
鼻どころか、全身がひん曲がりそうな匂いである。
しばらく耐えていると、大量のフレーダーマウスが地上に落ちてきた。
あまりの臭さに意識を失ったのだろう。
結界を解除し、手分けしてフレーダーマウスを消滅させる。
素早く飛び回るところが厄介な魔物だが、意識を失った状態ではただの雑魚だ。
「お前……それは極力使うなと言っているだろうが! この俺様に臭い匂いがついたらどうする⁉」
「え? お、お風呂入ればいいと思う……」
「そういうことじゃないだろうが‼」
エドガーは不満があるようだが、効率よく敵を無力化できたのだから、ノエルには感謝するべきだろう。
もちろんフィーネも臭くなってしまった気がするが、そこに関しては目をつぶるしかない。
「騒いでないで進むぞ」
ブルクハルトに諭され前へ進む。
様々な魔物が襲ってきたが、その都度誰かが的確に対処していく。
(みんな凄いな……)
知識と経験から咄嗟に魔物の特徴や弱点を教えてくれるブルクハルト、魔法具を使って効率よく敵を倒すノエル、やたらと派手だが的確にとどめを刺すエドガー。
重要な任務をしている最中だというのに、有能な仲間達との戦いに少しだけわくわくしてしまう。
「待って。小さいけど声が聞こえるわ。ブラックドラゴンの鳴き声かも」
ユーリアの言葉で全員が一斉に立ち止まった。ユーリアは耳がいいのだ。
耳を澄ませてみると、確かに何かの鳴き声が聞こえる。
ブルクハルトに目で確認すると、無言で頷いた。
(この奥にいるんだ、ブラックドラゴンが……)
覚悟を決め、ブルクハルトを先頭にさらに進む。
洞窟の最奥に、ブラックドラゴンが座っていた。
闇よりも濃い漆黒の鱗に包まれた身体、暗闇の中で光り輝く黄金の瞳。
敵と分かっていながら見惚れてしまうような、不思議な引力を持つ生き物。
「……いくぞ」
ブルクハルトが合図を出す。全員で同時に攻撃すると事前に打ち合わせてあるのだ。
最大火力の火属性魔法。それを、ブラックドラゴンにぶつける。
単純だが、最初の一撃としては強い。
タイミングを合わせ、火属性の魔法を放つ。炎がわずかにブラックドラゴンに触れた瞬間、ゴオオオオオォッ‼ と地響きのように咆哮した。
大きく開いたブラックドラゴンの口から、漆黒の炎が吐き出される。
飛び跳ねて躱したが、服の裾がわずかに焦げてしまった。
ブラックドラゴンが動くたびに、洞窟の内壁が破壊される。
住処にはぴったりでも、巨体で動き回るには狭い場所だ。
ブラックドラゴンは大きな爪を振り上げ、ユーリアを刺し殺そうとした。
「ユーリアっ!」
慌てて彼女を庇い、同時に五体の土人形を生み出す。
土人形でブラックドラゴンを攻撃したが、すぐに焼き払われてしまった。
(やっぱり鱗が硬いな……表面への攻撃だとなかなか……)
次の作戦を思い出そうとしたところで、ブラックドラゴンが甲高い声で鳴いた。
その瞬間、洞窟の外から魔物の鳴き声が聞こえ始める。
(魔物を呼ばれた!)
ブラックドラゴンの口を塞ぐため、口元へ攻撃を集中させる。
しかし、ブラックドラゴンはひたすら鳴き続けた。
「……まずいな」
「そうですよね。洞窟の中に外からいっぱい魔物が入ってきたら、挟み撃ちになりますし……」
「そうじゃない」
ブルクハルトは外へ一瞬、視線を向けた。
魔物の声は聞こえるが、不思議と中に入ってくる気配は少ない。
「ここにくるならそれでいい。だがもし、こいつの呼んだ魔物が街を襲うようなら……」
「あっ……‼」
知能レベルの高い魔物なら、ブラックドラゴンを助ける為に洞窟へ入ってくるだろう。
しかし、低級の魔物は違うかもしれない。
人を襲う魔物がいれば、獲物を求めて街へ向かう可能性もある。
低級の魔物であっても、民間人からしてみれば恐ろしい化け物だ。
「だっ、誰か、街の護衛に向かった方がいいんじゃ……‼」
「フィーネ。ここは俺達に任せてお前が行ってくれ」
ブルクハルトに背中を押される。迷っている暇はない。
(それにたぶん、私より、みんなにブラックドラゴンを任せた方がいいよね……)
数年間戦いから離れていたフィーネではなく、経験豊富な彼らに任せるべきだろう。
「ユーリア、行こう! もしもの時は街の人の避難誘導をお願い!」
「任せて! 私、大声には自信があるから‼」
三人を残し、ユーリアを連れて洞窟の外へ向かう。
不安はなかった。きっと彼らなら、無事にブラックドラゴンを倒してくれると思ったから。




