第68話 エドガーの流儀
「ぎゃっ、ぎゃあっ! き、気持ち悪……っ!」
再びユーリアが悲鳴を上げる。
森の奥に潜んでいたギフトシュイターは、確かに気持ちが悪い見た目をしていた。
(足のところとか、こう、なんとも言えない気持ち悪さがあるかも……)
ギィギィ、と地鳴りのような声を上げつつ、二本の角で木の幹を挟む。
角の内側には無数の鋭い歯が生えていて、簡単に幹を切断した。
倒れた木が襲いかかってくる。フィーネとユーリアは右に軽く飛んで避けただが、なぜかエドガーは空中で一回転していた。
(む、無駄過ぎない……っ⁉)
地面に着地したエドガーが髪をかきあげる。
かなり絵になっているが、必要な動作でないことは確かだった。
「あいつの体液は毒がある。下手に傷をつけると厄介だ」
「で、ですよね……」
「お前ならどうする?」
「ば、爆発で消し炭にするとか……」
切ったり潰したりすれば、体液を浴びてしまう可能性がある。
だとすれば、跡形もなく消してしまうのが手っ取り早い。
「美しくないな」
「えっ⁉」
今、フィーネは魔物の倒し方を聞かれたはずだ。
その答えに対し、美しくない、とはどういうことなのだろう。
「俺様を見ているがいい」
エドガーは胸元から杖を取り出した。
金で作られた杖で、先端には巨大なダイヤモンドが埋め込まれている。
彼が空中に魔法陣を描く。
魔法陣の中から、色とりどりの薔薇の花びらが舞い落ちてきた。
ギフトシュイターの全身が花びらに覆われ、ギィイイイイイ‼ とまたしても強烈な叫び声が森に響く。
花びらに包まれたギフトシュイターが空に浮かび上がり、一瞬、眩しく光る。
そしてギフトシュイターが消え、鮮やかな花びらだけが地上に舞い落ちてきた。
「いっ、今のって光属性魔法ですよね⁉ あの大きさの魔物を一瞬で消すなんて凄い魔力……」
多数の魔物を一気に片付ける時光属性魔法はかなり便利だが、魔物一体を相手に使う場合はあまり効率的ではない。
光属性魔法は、他属性の魔法に比べて魔力量が多い傾向にあるのだ。
(もちろん個人差はあるけど……エドガーさんって、光属性魔法が得意なのかな? でも、花びらを作ってたのは創造魔法だよね? ていうか、花びらって必要だった……?)
聞いてみたいことは色々あるのだが、すぐには言葉が出てこない。
しかし、フィーネの内心を見透かしたかのようにエドガーが笑った。
「戦闘は華麗に。これが俺様の流儀だ」
「せっ、戦闘を華麗に、ですか……?」
「ああ。効率化の観点から言えば、さっきの花びらは完全に無駄だ。特に意味はない。光属性魔法でやるより、お前が言ったように爆発させた方が魔力量の消費も少ない。そもそも、俺が得意なのは火属性の魔法だしな」
「……ええ……?」
「だが、美しかっただろう?」
「……それは、確かに」
エドガーの作り出した花びらは、本物の花びらよりも綺麗だった。
それが舞う様は幻想的で、とてもギフトシュイターという気持ち悪い魔物相手の戦闘には見えなかった。
(服を選ぶ時、無駄が多い物ほど可愛いってユーリアがよく言うけど、そういうことなのかな?)
幼い時から魔法を学んできたが、戦闘時に美しさを重視する、という魔法使いに出会ったのは初めてだ。
当然、フィーネにもない考えである。
「ど、どうして、戦闘を華麗にしようと思ったんです……?」
つい、気になって聞いてしまう。
「簡単な話だ。気分がいいだろう?」
「気分が……」
「フィーネ。お前は何の為に戦うんだ?」
エドガーの問いに、とっさに答えることができなかった。
「このエドガー・ジャンメールは、美しく生きて美しく死ぬために戦っている」
「美しく生きて、美しく死ぬ……」
フィーネの目を真っ直ぐに見つめ、エドガーが笑った。
「戦いの世界で生きる気があるのなら、お前もお前なりの美学を見つけることだな」
行くぞ、とフィーネに背を向けてエドガーが歩き出す。真っ直ぐに伸びた背筋から、彼の覚悟が伝わってくるような気がした。
(エドガーさんの美学自体は、正直共感できないけど……)
彼は戦う理由を自分の中に持っている。
誰も見ていなくても、協力してくれる人がいなくても、辛い戦いの中でも、きっと彼は美しく戦うのだろう。彼自身の美学のために。
(……強い人なんだな、本当に)
◆
夕方になる頃には、北の洞窟を残して周辺の魔物を一掃することに成功した。
「本番は明日だ。よろしく頼む」
ブルクハルトが話し終わるとすぐ、乾杯! というユーリアの陽気な声がレストランに響いた。
みんなで一緒に夕飯を食べることを提案したのも彼女である。
(お、大人数で食事とか、私苦手なのに……‼)
向かい側に座るノエルも同じ気持ちなのか、深くフードをかぶって、ひたすらエドガーにくっついている。
「おい、ノエル。お前、フィーネに聞きたいことがあったんだろう?」
「うっ、ん……だ、だからお願い、エドガー……」
「俺はお前の伝書鳩じゃないんだぞ」
「おっ、お、幼馴染のお願いを聞くエドガー、美しいと思う……」
「……仕方ないな」
今のやりとりで納得したことには驚くが、どうやらエドガーは納得したらしい。
というか、いつものことなのだろう。
「魔法人形の開発において、最も難航しているのが『記憶』を司る部分だ。お前の魔法人形は生前の記憶がある上に、魔法人形としても記憶することができるんだろう。どういう仕組みなんだ?」
「あっ、えっと、それは、その……私自身、上手く体系化できているわけじゃなくて……あと、そもそも私は操作魔法が得意で、それで……」
何年もかけて開発した魔法だが、体系化できたわけじゃない。
偶然による産物も大きく、他人に教えろと言われても無理だ。
それでも、できる限りのことを伝える。興味本位ではなく、ノエルが本当に興味を持ってくれているのだと思ったから。
魔法について話しているうちに緊張も解れてきた。
(魔法学園時代も、こうやって色々話したりしたな……)
やる気のある生徒ばかりではなかったけれど、中には熱心な生徒もいた。
訓練後に反省会を開いたり、お互いの弱点や長所を伝えたりする会は、緊張したけれど楽しくもあったのだ。
(……魔法の話、楽しいな)
ブルクハルトに教わって、魔法学園でユーリアと共に学んで。
きっとフィーネは、純粋に魔法を楽しんでいた。
そのことを今日、なんだか思い出せたような気がする。




