第60話 らしくないこと
結局その日は、エプフェル村の宿に泊まった。
ヘレナの家で夕飯をご馳走になり、酒まで飲んだ。でも、不思議と眠気は訪れない。
ユーリアが眠ったのを確認してから、そっと宿を後にする。向かうのは森だ。
ビッグラットが棲息していると思われる場所。
つまり、キングラットのいる場所。
(らしくないのは、私だって分かってる)
村人達の対魔物対策はしっかりしているし、ビッグラット程度なら防げるだろう。
だが、キングラットが襲ってくれば、甚大な被害が出てしまうかもしれない。
フィーネが森に入った瞬間、魔物達の鳴き声が聞こえた。フィーネの魔力に反応しているのだ。
杖を取り出す。暗闇に光の魔法陣を描く。
「……あんまり派手にやると、みんなにバレちゃうかな」
今日のことは誰にも知られたくない。知らない方がいい。
これから訪れる平和はフィーネが齎したものではなく、村のみんなが協力して手に入れたものだから。
(そうだ)
杖を振り上げる。魔法陣がどんどん広がっていく。
そして魔法陣から、無数の星が放たれた。
流れ星のように、光属性魔法が森に降り注ぐ。
これなら村人達に見られても、きっと流星群にしか見えないだろう。
美しい流れ星は、魔物にとっては死を招く凶星だ。
魔物の断末魔が森中に響く。そして、大きな足音が聞こえてきた。
ドスンッ!
キングラットだ。見た目はビッグラットとほとんど同じだが、とにかく大きい。
ぎろりとフィーネを睨みつける瞳は真っ赤で、鋭い牙は刃物のようだ。
面倒なのは、この巨体でずいぶんと素早いこと。
「でもね、私も結構、素早いんだ」
『自己人形化』
フィーネの固有魔法だ。久しぶりに使うが、一人で戦うのなら、これよりやりやすい戦い方はない。
地面を蹴る。風魔法で加速したおかげですぐにキングラットの目の前に達した。
反射的に噛みついてきそうになったキングラットの目を拳で殴り、目玉ごと燃やす。
「ギイイィィィィッ‼」
耳を塞ぎたくなるほどうるさい叫び声を上げたキングラットの腹を蹴る。
再び上がった悲鳴に反応して、数匹のビッグラットが出てきた。
大半は先程の流れ星で死んだはずだが、わずかに生き残りがいたのだろう。
ビッグラットは動けなくなったキングラットを庇うように、キングラットの周りを取り囲んだ。
もしかしたら、魔物には魔物の言い分があるのかもしれない。
(でも、知らない。人間には人間の理屈がある)
数匹のビッグラットを蹴散らす。光属性魔法で彼らが消滅すると、ビッグラットは怒ったように目を吊り上げた。
けれどもう、身体を動かす力は残っていない。
光を纏った拳で殴る。眩しい光に包まれて、キングラットは消滅した。
(久しぶりに、自分で戦ったな……)
地面に寝転がり、ぼんやりと夜空を見上げる。
久しぶりに、鼓動がずいぶんと速くなっていることに気づいた。
「……本当、嫌になるな」
思い出したくない。
ブルクハルトとの訓練。魔法学園での戦闘授業。
大変なことも多かったけれど、それ以上に、楽しかったのだ。
褒められることが、認められることが、成長していくことが。
魔法を使って、戦うことが。
「……なんで私は、こんなに弱いんだろう」
もっと強ければユーリアが死ぬことはなかった。
今頃、まだ二人で夢の続きを見ていただろう。
ブルクハルトの部下として働いていたかもしれないし、同僚のビアンカと文句を言い合いつつも仲良くやっていたかもしれない。
(私が弱かったから、全部なくなったんだ)
人も魔物も、近くには誰もいない。だからフィーネは、気が済むまで涙を流し続けた。




