第58話 ユーリアの望み
「今回の依頼を受けられて本当によかったわ」
王都行の馬車に乗ると、ユーリアが満足気にそう言った。
だが、フィーネとしては同意する気になれない。
前回のような無茶ぶりはなかったし、依頼者は終始丁寧に接してくれた。要するに、かなり楽な依頼ではあった。
しかし、今後のことを考えると気が重くなってしまう。
あの村は近いうちにキングラットに襲われるかもしれない。
やはり、引越しを促してやるべきだったのではないか。
(決めるのは私じゃないことくらい、分かってるんだけど……)
それでも、もやもやしてしまう。
「フィーネは優しいわね」
「……なんで?」
「救えたかもしれないのに、って思ってるんでしょ」
「……そういうわけじゃないよ」
口では否定しても、自分の本心はよく分からなかった。
「でもね、フィーネ。私は思うの。きっと大丈夫だって。あの家族を見てたら、そう信じられる気がしたの」
「……魔法も使えないし、魔物と戦う術すら持たないのに?」
ユーリアはわざとらしく溜息を吐いてフィーネの手を握った。
「ねえ、フィーネ」
肩にそっと頭を乗せられる。目が合うと、ユーリアは優しく笑った。
「強さ以外にも、信じられるものってあるの」
そうでしょう? という言葉に頷くことも、首を横に振ることもできない。
どんな反応をするべきか分からなくなって、フィーネは目を閉じてしまった。
◆
「ただいま、フィーネ。はい、これ今日のお土産‼」
ドンッ! とテーブルの上に置かれた籠の中には大量の野菜が入っている。
どれも、今日畑で採れたばかりの新鮮な野菜だ。
「今日の夕飯には野菜たっぷりのスープを作ってあげるわ」
ついこの前も食べたけど、なんて言ってはいけない。
料理を作ってもらう側の人間は、メニューに口出ししてはいけないのである。
最近、ユーリアは頻繁にエプフェル村へ行くようになった。
彼女の話によれば、畑仕事を手伝ったり、子供達と遊んだりして過ごしているのだという。
(元々休みには孤児院へ通っているわけだし、おかしな話ではないけれど……)
特定の依頼者を贔屓しているようで、少々落ち着かない。
とはいえ、やめろ、とフィーネが言うのも違う。
籠に入った胡瓜に手を伸ばす。確かこれは、アダムの家の畑で採れたものだ。
「そうだ。アダムもセレナさんも、フィーネにも会いたがってたわよ。今度、一緒に行ってみない?」
「行っても私、なにもできないよ」
畑仕事なんてやったこともないし、子供達の相手をすることもできない。
歓迎してもらったとしても、ユーリアのように素直に喜ぶこともできない。
「なにもできなくていいわよ」
嫌? とユーリアがしゃがんで顔を覗き込んでくる。
不安そうな瞳で見つめられたら、彼女を拒めるはずがない。
理由は分からないが、ユーリアはフィーネにエプフェル村へ行ってほしいのだろう。
「……分かった。行くよ」
ブルクハルトの前を去ってから、魔法人形屋の仕事以外で他人と会うのは初めてかもしれない。
仕事で知り合った相手ではあるものの、考えてみれば大きな変化だ。
(ユーリアは、私に変わってほしいのかな)
彼女が死んでから約四年。
交友関係も広げず、ユーリアとばかり過ごすフィーネを心配してくれているのかもしれない。
魔法人形屋の依頼者達はみんな、依頼が終わる頃にはきちんと別れをやり直すことができていた。
なのにフィーネだけはまだ、やり直すことができずにいる。
(やり直したくなんかない。だって私は、終わらせたくないから)
魔法人形が姿を保っていられるのは一日だけ。
しかし、ユーリアだけはそのルールの範疇にいない。
だからこそ、他の魔法人形を一日以上保つことはできないのだ。ユーリアの維持に、膨大な魔力が必要だから。
夕飯を作るためにユーリアがキッチンへ移動した。
鼻歌が聞こえてきて、なんとも言えない気持ちになる。
元々、ユーリアは魔法軍に入るべきだと熱心に勧めてきた。
フィーネが頑なに断ったから、魔法人形屋を開こうと提案してきたのだ。
そして今日、エプフェル村へ行くことを促してきた。
(まるで、私に他人との接点を作らせようとしてるみたい)
フィーネにはそれが、別れの準備のように思えてならない。
死者を一時でも蘇らせるなんて、自然にも神にも反している。
だからどうせ、フィーネは天国に行けない。死んだ後、ユーリアには会えない。
(……やっぱり私は、まだお別れなんてできない。したくない)
たとえユーリア自身が、それを望んでいるのだとしても。




