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第57話(ヘレナ視点)いつか

「本当にありがとうございました」


 頭を下げ、規定料金に少しだけ上乗せした額を支払う。

 金貨を鞄にしまうと、こちらこそ、とフィーネも頭を下げた。

 死んだ人が魔法人形として生き返るのは一日だけ。夫ともう、再会することはできない。


(……だけど)


 一ヶ月前とは全く違う。今回は、ちゃんと別れることができた。

 別れをやり直すのはある意味辛いことでもあったけれど、時を戻せても、やっぱり魔法人形屋に依頼するだろう。


「ヘレナ」


 去り際に振り向いたケヴィンが、ぐっとヘレナの腕を引いた。

 耳元に口を寄せ、子供達に聞こえないように小声で囁く。


「……幸せになってくれ」


 後悔と、祈りと、なによりも愛情がたっぷりとこもった声だった。

 彼を連れて、魔法人形屋の二人が家を出る。

 ケヴィンの、最愛の人の背中が遠ざかっていく。

 行かないでと縋ることはできない。

 既に、本来なかったはずの時間をもらっているのだから。


「あなた‼」


 精一杯の大声で叫ぶ。声はまだ届いた。


「絶対、一生、忘れないから‼」


 飛び跳ねて、少しでも見えるように大きく手を振る。

 太陽の光を反射して、ヘレナの腕輪が煌めいた。



◆



「ママ、だいじょうぶ?」

「ぼくがいるからね!」


 ケヴィン達の姿が見えなくなると、アダムとマリーが心配そうに顔を覗き込んできた。

 心配させてしまうほど酷い顔をしているのだろうか。


「……ありがとう。でも、大丈夫よ」


 自らに言い聞かせるように応じる。

 本音を言えばそりゃあ寂しくて、辛くて、泣いてしまいそうだ。けれど、腕輪を見ると元気と勇気をもらえる。


(思い出だけで生きていける、なんて、強いことは言えないけれど……)


「私には、貴方達がいるんだもの」


 母としてちゃんと生きなければ、という使命感だけではない。愛する二人が、前向きに生きるための力をくれる。


「ねえ、お母さん」


 ぎゅ、とアダムに腕を引かれる。どうかした? と身を屈めて目を合わせると、アダムが少し迷った様子で口を開いた。


「つらい時は、泣いてもいいんだよ」

「え?」

「……パパみたいにはなれないかもしれないけど。でも、ぼくは、お母さんが隠れて泣いてるのは、寂しいから」


 その言葉に涙が溢れそうになる。慌てて泣かないように目に力を込めると、お母さん、と再びアダムに呼ばれた。


「我慢しないで。泣いても大丈夫だから」


 そう言ったアダムの顔に、一瞬、ケヴィンの影がよぎった。あまり顔は似ていないはずなのに。


「そうだよ! ママ、たくさん泣いていいからね!」


 話を聞いていたマリーが、笑顔で抱き着いてくる。


「マリーは、泣き虫なママも大好きだから!」


 耐えられなくなって、ヘレナの瞳から大粒の涙がこぼれ出した。


 しっかりと別れをやり直すことができたし、もう一度ケヴィンに会えてよかったと心の底から思っている。

 これからの日々を前向きに、一生懸命生きていきたいという気持ちも、覚悟もある。


 ――それでも。


「……やっぱり、寂しいわ……」


 君は泣き虫だな、というケヴィンの声が即座に浮かんでしまうくらいには、未練がたっぷり残っている。

 彼を忘れたいとは思わない。だからこそ、どうしたって寂しいし、辛くなってしまう。


 別れ方に後悔がないことと、別れを惜しまないことはイコールじゃない。


 しゃがみ込んで泣き始めてしまったヘレナを、そっとアダムとマリーが抱き締めてくれた。


(大事なのは、きっと泣かないことじゃないのよね)


 泣きながらでも、しっかりと日々を歩むこと。前へ進んでいくこと。

 大事なのは、たぶんそれだ。


(……ねえ、ケヴィン。いつか、天国でまた会えることを期待するくらい、いいわよね?)

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