第55話(ヘレナ視点)自分の気持ち
「にっ、荷物は、私が持ちますので……」
フィーネが声をかけてきたのは、二人が夕飯の食材を買った後だった。
家族みんなでの夕飯に備え、大量の食材を買い込んだのである。
魔法人形は食事ができないらしいが、今日は客人が二人もいる。だから、久しぶりにたくさん買ったのだ。
「ありがたいが、大丈夫だ。荷物持ちはいつも俺の仕事だったからな」
両手に重たい袋を持ってケヴィンが笑う。
しかし、フィーネは首を横に振った。
「今日は荷物より、その、奥さんの手を持ってあげたら、と……。余計なお世話だったら、申し訳ありません」
ケヴィンは目を丸くし、ゆっくりとヘレナへ視線を向けた。
手を差し出して、ヘレナはにっこりと笑う。
「私の手が空いてるわ」
「そりゃあ、一大事だな」
頼む、と頭を下げてケヴィンがフィーネに荷物を渡した。
彼女は、華奢な身体のどこにそんな力があるのだろう、と驚くほど軽々しく荷物を受け取る。
(フィーネさんは、よく人のことを見てくれているのね……)
荷物で両手が塞がった彼の姿を見て、ヘレナは寂しく感じていた。
きっと、フィーネはヘレナの気持ちに気づいてくれたのだ。
魔法人形屋という職業柄、人の感情に敏感なのだろうか。
「ねえ、あなた。家に帰る前に、少しだけ落ち着いて喋れない? 相談したいことがあるの」
「もちろん」
アダム達と約束した時間まではまだ時間がある。
とはいえ、あまり待たせるのは忍びない。
早足で向かったのは、近くにあるベンチだった。
「あのね、実は、アダムはあなたに魔物の対策について聞きたがっているの。自分があなたの代わりになって、畑を魔物から守るんだって息巻いてるわ」
「……なるほどなあ」
ケヴィンは深い目息を吐いた。
「でも、私は引っ越そうと思っているの。畑は人に任せて、実家に戻ろうかなって。お母さんも賛成してくれてるの。アダムは嫌がっているけれど……」
駆け落ち同然に家を出たせいで、実家との関係はあまりよくなかった。
だが、両親はケヴィンの訃報を聞きつけて現れ、泣きじゃくるヘレナを何度も抱き締めてくれた。
葬儀の準備も進行も手伝ってくれて、何度も実家に戻ってこいと言ってくれた。
「……お義母さん達、そんなことを言ってたのか」
「そうなの。でもアダムは、絶対嫌だ、この村で暮らすんだって……だから、あなたに相談したくて」
「なあ、ヘレナ」
ケヴィンはぎゅ、とヘレナの右手を強く握った。
「ヘレナ自身はどうしたいんだ? 実家に帰りたいのか? それとも、この村にいたいのか?」
「私……」
「俺はヘレナの気持ちが知りたい。こんなことを言うと怒るかもしれないが、俺にとってはヘレナが一番大事なんだ」
怒るわけない。怒れるわけがない。
今まで何度も、その言葉に救われてきたのだから。
「……私は」
ケヴィンが死んでから、自分の意志を口にしたことはほとんどない。
母として、夫を亡くした妻として、どのように振る舞うのが適切かを考えてきた。自分のことは二の次で、まずは子供達のことを考えなきゃと、いつもそう思ってきた。
(だけど私にも、自分の気持ちくらいある)
軽く息を吸う。
ヘレナの言葉を促すように、ケヴィンが優しく背中を撫でてくれた。
「私は、この村に残りたいの。ここにはあなたとの思い出がたくさん、たくさん詰まっているから……」
小さな家を借りて二人で暮らして、慣れない料理を始めた。
失敗しても必ず残さず食べてくれた。時々味が薄いと言われることがあって、頑張っているのにと喧嘩したこともある。
何度も一緒に散歩をした。買い物に出かけた。畑で働く彼に弁当を作って持っていってあげた。
作り立てを食べてもらいたいから、なんて嘘で、本当は少しでも彼に会いたいだけだった。
アダムが生まれて、三人でもたくさん出かけた。
アダムが生まれると自然と知り合いも増えて、村の人達と物々交換をしたり、みんなで食事会をすることもあった。
ケヴィンの仕事が軌道に乗り、どんどん畑が大きくなって、借家を出て立派な家を建てた。
マリーが生まれると、アダムは急に年上ぶるようになった。だから、彼を甘やかすために二人で出かけたりもした。
この村には、忘れたくない思い出が詰まっている。どこへ出かけても、ケヴィンのことを思い出せる。
(だから本当は、ずっとここにいたい……)
涙がこみ上げてきて、自然と下を向く。
大丈夫だから、と優しい声で言われるとさらに泣けてしまった。
「ヘレナがまだここにいたいと思うのなら、まだ、ここを離れるべき時じゃないのかもしれない」
「あなた……」
「それに、アダム達もいつまでも子供というわけでもない。俺もアダムくらいの年の頃にはもう、親を手伝って畑で働いていたぞ」
そっと頭を撫でられる。子供のように、ヘレナはその手に擦り寄った。
「まあ、たった一日で伝えられることは少ないけどな」
ケヴィンが自嘲気味に笑ったところで、気配を消していたフィーネが、あの、と声をかけてきた。
「……多少、事実より盛ってお伝えすることも、可能ではありますが」
彼女の説明によると、魔法人形のケヴィンは彼女の力で魔法を使うこともできるし、操作すれば武器を用いて魔物と戦わせることも可能なのだという。
つまり、ケヴィンが生前やたらと見栄を張って語っていた通りの『凄い父親』としてアダムに向き合えるということだろう。
「たとえば、もし、お二人がご子息を魔物に近づけたくないのであれば、圧倒的な力を見せることで『自分にはできない』と思わせることも可能です」
言葉を選びながら、真摯にできることを教えてくれているのだろう。
けれど、ケヴィンはすぐに首を横に振った。
「ありがとう。だが、嘘をつくつもりはない。それに……」
そっと息を吐いてから、ケヴィンはゆっくりと空を見上げた。
既に、少しずつ日が沈み始めている。
「普通の人間にもそれなりにできることはある。俺も村の連中も、きっとそう思っているだろう。アダムにも、ちゃんとそれを伝えたいんだ」
フィーネは不思議そうな表情で頷いた。
彼女のような才能ある魔法使いには、ケヴィンの言っていることはピンとこないのかもしれない。
「分かりました。では、ご要望の通りに」
頭を下げて、再びフィーネは二人から距離を取った。
◆
「おかえり、お母さん、お父さん‼」
家に戻ると、アダムが元気いっぱいに飛び出してきた。
マリーはソファーの上で眠っていて、テーブルの上にはスケッチブックが出されていた。
どうやら、絵を描いて遊んでいたらしい。
「お二人とも、おかえりなさい。二人とも、楽しそうに遊んでいましたよ」
にっこりと笑ったユーリアを見て安心する。
アダムは二人だけの留守番も大丈夫だと日頃からよく言っているけれど、ヘレナとしてはまだ安心して家を空けることはできないのだ。
「お母さん! お母さんがご飯を作ってる間に、ちょっとお父さんと畑に行ってくるね」
「ええ」
手を繋いで歩いていく二人の姿を見ると、どうしても胸が痛んだ。
でも、泣いている場合じゃない。
(今日は家族全員で過ごせる最後の夜だもの)
残念なことにケヴィンは食事をすることはできない。
それでも、彼の好物をめいっぱい作ってやりたいのだ。




