第53話(ヘレナ視点)私の全て
「お母さん、もうすぐお父さんと会えるね。マリーの面倒はぼくが見るから、お父さんと二人で出かけてきていいからね!」
「マリー、にいにとおとなしくしてるよ」
左右に立つ息子と娘の言葉に、嬉しさと情けなさで泣きそうになってしまう。
流行り病で夫を亡くしてから約一ヶ月。
誰よりも心の整理ができていないのは自分だ。
(死んだあの人にもう一度会えるなんて、そんな、夢みたいなこと……)
緊張で手足が震える。深呼吸をして、ゆっくりと床にしゃがみ込んだ。
ガチャ、と音を立てて扉が開く。
赤みがかった焦げ茶色の髪、日に焼けた肌、少し釣り気味の目。
愛想がいいとはお世辞にも言えない。そんな彼が、柔らかく笑うのが大好きだった。
慌てた立ち上がり、走るように彼に歩み寄る。
近くで見ても、本物にしか見えない。
「ヘレナ、久しぶり。それと……ごめん」
手を差し出し、ケヴィンは首を傾けながら笑った。
声も、仕草も、笑い方も、全部全部記憶にあるものと同じ。
(だめ。こんな顔を見たら、私、私は……)
全身から力が抜ける。
倒れそうになってしまったヘレナを、そっとケヴィンが支えた。
彼の後ろにいるフィーネの姿が涙で滲む。
死者を一日だけ蘇らせる魔法なんて、詐欺かもしれないと思った。
それでも彼女に依頼することを選んだのは、どうしても会いたかったから。
「どうして、どうして……」
言ってはいけない。分かっているのに、口が勝手に動く。
彼が死んでからの間、母親として気を張っていた反動だろうか。
彼を前にした途端に、少女のような心に戻ってしまった。
「どうして、私を置いて行っちゃったの……?」
ケヴィンと出会ったのは偶然だった。
当時まだ小さい畑しか所有していなかったケヴィンが野菜を売りに王都へ訪れた際、旅行中のヘレナに声をかけたのだ。
貧しい農民だったケヴィンと、中流階級に位置する商人を父に持つ箱入り娘のヘレナ。
身分違いだと分かっていたけれど、熱心に口説かれるうち、ヘレナの方が惚れ込んでしまった。
ヘレナにとって、彼は全てだった。
初めて好きになった人。自分の意志で両親に反発することを教えてくれた人。誰より安心できる人で、家族になりたいと思えた人。
私より先に死なないでね、と冗談のようによく言っていた。
彼がいなくなってしまったら、上手く立っていられないような気がしたから。
それでも彼の死後、彼を追うことは選択肢になかった。
大切な子供達がいるからだ。最愛の人との、大事な存在が。
「死んでほしくなかった、行かないでほしかった……‼ 寂しい、寂しいわ……」
とめどなく涙が溢れてくる。
母として、情けない姿を見せたくないのに。父を喪って不安な子供達を安心させる存在でいたいのに。
「……ヘレナ」
(泣けば貴女が優しく抱き締めてくれることを、身体が覚えてしまっているから)
逞しい腕に抱かれ、ヘレナはしばらくの間泣いていた。
◆
「お母さん。お出かけしてきていいよ。ぼく、マリーのこと見てるから」
「……アダム」
「でも、夜までには戻ってきてね。ぼく、お父さんに教わることがあるから」
子供達を置いてケヴィンと出かけるなんて、親としてどうなんだ。
そう責める声が頭の中にある。
けれど、目の前の誘惑に勝つことはできなかった。
「……夕飯は、家族みんなで食べましょう」
震える声で口にすると、魔法人形屋の助手だという少女が笑顔で胸を叩いた。
「お子さん達のことはお任せください。私がしっかり、面倒を見ておきます!」
ぼくだけでも大丈夫なのに、とアダムが不貞腐れる。
そんな姿を見て、ケヴィンがくすりと笑った。
「ああ。アダム、マリーを頼むぞ。父さんは母さんとデートだからな」
「うん!」
ケヴィンが大きな手でアダムの頭を撫でる。
マリーもねだるように頭を突き出し、ケヴィンとアダムが同時に彼女の頭を撫でた。
(この光景を、また見られるとは思わなかった)
ありふれた、でも、永遠に失われたもの。
感情がこみ上げてくる。どうして失わなければなかったのかと、理不尽な神を責めたくなる。
「ヘレナ。行こうか」
だけど今は、文句を言うよりも、ただひたすら彼に甘えていたい。
「ええ……っ!」
大声で返事をして、ヘレナはケヴィンの腕に抱き着いた。




