第52話 ヘレナの返事
「というわけで、依頼は断ろうと思う。キングラットが襲ってくるより前に、家族でこの村から引っ越した方がいい」
子供想いのユーリアも賛同してくれるだろう、と思っていたのに、ユーリアは大きく首を横に振った。
「そんなことを言い出したらキリがないわよ。王都に引っ越したって、魔物が襲ってくるかもしれないじゃない」
「でも、この村よりは安全だよ。魔法軍だって駐在してるし。ここの人達は魔物に対する知識もろくになかったし、魔法を使うこともできなかった」
「それでもあの子はこの村が好きで、守りたいと言ってたのよ」
ユーリアはそう主張するが、彼に村を守るだけの力がないことは明白だ。
「フィーネ。ルクスは、店主の意思でお客様の依頼を断るお店なの?」
「……それは……」
「依頼を受けるかどうかは、今日のヘレナさんの返答次第でしょ。今さらこっちから依頼を断るなんてルクスの信頼に関わるわ」
話は終わり、と言わんばかりの態度でユーリアは立ち上がった。
(確かにユーリアの言う通り。それに、依頼を達成した後でこの村がキングラットに襲われても私には関係ないもんね……)
アダム一家が引っ越したところで、他の住民達が危機的状況にあることは変わりない。全員が引っ越すのは不可能だ。
(……どうしよう、なんて考えるのは私の仕事じゃない)
全ての人を一人で救うことなんてできない。だからあの日、フィーネは逃げ出したのだ。
◆
「きてくださって、ありがとうございます」
家を訪れると、昨日とは違った装いのヘレナが迎えてくれた。
薄桃色のワンピースはレースが幾重にも重なった外出用の物で、顔にはしっかりと化粧が施され、髪は丁寧に編み込まれている。
その姿を見ただけで、彼女の答えが分かった。
「フィーネさん。正式に依頼させてください。夫を――ケヴィン・ヒューグラーを、一日だけ蘇らせてほしいんです」
断ることはできない。頷くと、ヘレナは安心したように微笑んだ。
「遺品を一ついただくことはできますか? できれば思い入れのある品だと助かります。ただ、返却はできないので、そこはご了承ください」
フィーネの説明はちらしにも書いてあったことだ。
ヘレナは、あらかじめ用意してくれていた指輪を渡してくれた。
彼女も左手に同じ物を嵌めているから、おそらく結婚指輪なのだろう。
小さなダイヤモンドの埋め込まれた指輪を受け取る。
期待と不安に満ちた眼差しでじっと見つめられた。
(もしかしたら、ケヴィンさんを必要としていたのは、アダムよりもヘレナさんだったのかもしれない)
アダムは父親を蘇らせたいと言っていたが、彼の目に映っているものは未来だった。
けれど今、ヘレナは間違いなく過去を見つめている。
「……少々お待ちください。ケヴィンさんを連れてきます」
「ぼくも一緒に迎えに行っていいですか⁉」
ヘレナの後ろに立っていたアダムが飛び出してくる。
こら、とヘレナがアダムの手を引いた。
「申し訳ありませんが、それは禁止事項ですので」
残念そうにアダムが下を向く。ユーリアがアダムの頭をそっと撫でた。
「大丈夫。すぐにフィーネお姉ちゃんがお父さんを連れてきてくれるから。それまで、私と一緒に待ってようね。帰ってきたお父さんに、頼りになるってところを見せてあげましょ?」
「うんっ! お母さんとマリーを任せてって、ちゃんと伝えるんだ‼」
「その意気よ。アダムみたいな息子がいて、きっとお父さんも幸せに思っているわ」
ユーリアの合図を受け、フィーネは頭を下げて家を出た。
アダムは同行を望んでいたが、その希望は受けることができない。
(見ない方がいいに決まってる。土から人を作るところなんて)
彼の魔力量を観察してみたが、限りなくゼロに近かった。
彼に魔法の才能はない。だったら、知らない方がいい。
(……もし私が魔法を使えなかったら、今頃どんな人生を送ってたんだろう)
ブルクハルトに引き取られることもなく、ユーリアに出会うこともない人生。
想像するだけで不幸だと確信が持てるのに、魔法が使えてよかったと堂々と胸を張れない今がもどかしかった。




