第49話 フィーネは断れない
馬車を下りて周囲を見回すと、道には石畳がしっかりと敷かれ、大きな家がいくつも並んでいた。
王都にはアパートが多いが、エプフェル村の家はほとんどが一軒家だ。
村をぐるりと囲むように、外側に畑が広がっている。
村内を歩く人々は作業服姿の人もいれば、小綺麗に着飾った者も多い。
(王都に近いから、王都に働きに出ていたり、学校へ通っている人も多いんだよね)
空気も綺麗で、住みやすそうな場所だ。アダムが地元を好きになのも納得がいく。
王都からちょっとした食べ物や日用品を売りにきている商人も多く、露店が道に並んでいる。
つい気を取られていると、アダムが誇らしげに口を開いた。
「こうやって王都の品を売りにきた商人の人達が、帰りにうちの村で採れた野菜を仕入れて帰ったりもするんですよ!」
「……そうなんだ」
確かに、ただ商品を売って帰るより、新しい品を仕入れて帰る方が効率的だろう。
「そういえば、魔法人形屋のお話も商人の方から聞いたんです。あのホフマン商会の会長さんも、魔法人形屋さんのお世話になったって聞きました!」
「ホフマン商会って……マックスさんの?」
辺境の勇者・コンラートの親友。彼が商人だという話は聞いていたけれど、それほど有名な人物だったのか。
「はい! 一代であそこまで大きな商会を築ける人なんて滅多にいませんから。あっ、僕の家の野菜も、ホフマン商会経由でいろんなレストランで使ってもらってるんですよっ!」
満面の笑みで胸を張るアダムは微笑ましいが、マックス経由で魔法人形屋の話が広まっている、という事実には溜息を吐きたくなった。
(ハインツ侯爵のせいで貴族に広まったって聞いてたけど、商人の間でも噂になっちゃってるなんて……)
目立ちたくないのに、どうしてこんなことになってしまったのか。
「いいじゃない。口コミは大事よ」
ユーリアが耳元で囁く。確かに彼女の発言は正しいが、フィーネとしては複雑な気持ちだ。
「ぼくの家はこっちです」
アダムに従って歩き出すと、すぐにいろんな人に声をかけられた。
「おい、アダム。そんな美人を二人も引き連れてどうしたんだ?」
「アダムちゃん、お母さんが探してたわよ。あんまり心配かけちゃいけないわ」
「アダム兄ちゃんと遊びたくて待ってたんだよ‼」
「お菓子を作ったから家に持って行こうと思ってたのよ」
老若男女問わず、大勢に声をかけられる。その度にアダムは立ち止まり、愛想よく対応していた。
そのせいで家に辿り着くのに時間がかかったが、アダムの家は馬車の停留所から近い大通りに建っていた。
「ここが僕の家です」
赤レンガの屋根が特徴的な大きい家だ。
ドアを開けると、バタバタ! と足音を立てながら女性が走ってきた。
おそらく彼の母親だろう。
彼と同じ亜麻色の髪に、優しそうなたれ目の持ち主。彼女はフィーネ達を見ると、戸惑ったように首を傾げた。
「……アダム、そちらの方々は?」
「魔法人形屋の人達だよ」
「魔法人形屋?」
「うん」
頷くと、アダムは鞄の中からぐしゃぐしゃになったちらしを取り出した。
オープン前にユーリアがあらゆる所に配りまくったちらしである。
「……これは……」
「お父さんを生き返らせてもらうんだ。それでお父さんに、魔物の対処法を教わろうと思って。そうすれば、見回り当番にぼくが参加してもいいでしょ?」
母親はしばし無言になってちらしを見つめ、その後、ゆっくりと視線をフィーネ達に移した。
「あの、これは本当なのでしょうか?」
「もちろんです! 魔法人形屋のオーナー、フィーネ・フェルナーは魔法学園を首席で卒業した天才なんですよ‼」
「ちょっとユーリア……」
「……凄い方なのですね」
目を大きく見開いた後、母親は慌てたように頭を下げた。
「自己紹介が遅れてしまい、申し訳ありません。私はアダムの母のヘレナと申します」
服の裾を持ち、ヘレナは上品に頭を下げた。
雰囲気から察するに、彼女自身も裕福な家の生まれなのだろう。
「ねえ、お母さん、いいでしょ? 依頼したいんだ。しばらくお小遣いはなくていいから」
「あのね、アダム。そういう問題ではないの」
「でも……」
ヘレナが了承しなければ、依頼を受けることはできない。
これは終わりかな、と思っていると、奥の部屋から幼い少女が出てきた。
顔立ちはアダムやヘレナとよく似ている。年齢は四、五歳といったところだろう。
「にいに、かえってきたの?」
「うん、ただいま、マリー」
アダムに頭を撫でられると、マリーは幸せそうに頬を緩めた。
「マリーも、またパパに会いたいよね?」
「パパに? パパは、もう遠くへ行っちゃって、会えなくなっちゃったんだよ?」
「うん。でもこのお姉さん達に頼んだら、一日だけお父さんに会わせてもらえるんだ」
大きな目でまばたきを繰り返し、マリーはフィーネ達を見つめた。
そして、急にヘレナに抱き着く。
「よかったね、ママ。パパに会えるよ! ママ、パパに会いたいって、いつも泣いてるでしょ」
「マリー、それは……!」
「分かるよ。マリー、ママのこといつも見てるもん!」
マリーは得意げに胸を張ったが、対照的にヘレナは両手で顔を覆ってしまった。
そんなヘレナを心配するように、アダムが彼女の背中をそっと撫でてやる。
そんなアダムの背中は、実際よりもすごく大きく見えた。
(父親が亡くなったの、一ヶ月前って言ってたよね……)
大切な人が死んで一ヶ月。たったそれだけで割り切れるはずがない。
二人の子を持つ母として気丈に振る舞おうとしていても、ヘレナにも限界があるのだろう。
「あの、フィーネさん」
「はい」
「一日だけ、依頼をするかどうか考えさせていただけないでしょうか。もちろん、今日の宿泊費はこちらでお持ちしますので」
震える声で頼まれてしまったら、やはりフィーネは断れないのだった。




