第45話(ユーリア視点)泣かないで
「フィーネ……⁉」
視界の端に、真っ黒の光が現れた。
その中心にいたのはフィーネである。
(さっきまでフィーネは、『自己人形化』で戦ってた。でも、今の光は……?)
自己人形化はフィーネの固有魔法で、ユーリアも何度か見せてもらったことがある。
操作魔法や創造魔法が得意な彼女らしい固有魔法だと思った。
(もしかして、限界……⁉ だったら、フィーネも移送しなきゃ……!)
一秒ごとに移送対象者は増えていく。
命に順番をつけることはできないけれど、大事な親友を失うことだけは絶対に避けたい。
「……え……」
走り出したのと同時に、フィーネが空に飛んだ。
先程までの動きとは格が違う。
空を飛び、手のひらから炎を出し、一撃で巨大な魔物を吹き飛ばす。
(いつものフィーネとは、違う……)
魔物を一体倒し終えると、フィーネは地面に下りることなく、そのまま空中を移動して次の魔物に向かう。
その魔物を倒すと、また次の魔物。
自動的に最も近くにいる魔物を狙っているようだった。
その姿は人間というより、まるで――。
「本物の人形、みたい……」
フィーネの固有魔法『自己人形化』は、本人を人形に見立て、操作する魔法だと聞いている。
しかし今のフィーネは、機械的に動くだけの人形に見えた。
「もしかして暴走してる⁉」
魔法を長時間使用し続けると、心身共に限界を迎え、暴走状態に陥ることがあるのだという。
しかし大半の人間は、限界を迎える前に魔力量が尽きるものだ。
だが、フィーネの魔力量は尋常ではない。
魔力量が尽きる前に、彼女が限界を迎えてしまったのだとしたら。
彼女が今、意志を失って暴走状態にあるのだとしたら。
「フィーネが、危ない……っ‼」
地面を蹴って、ユーリアは全力で駆け出した。
空からフィーネが降ってきた。
慌てて受け止めた彼女の全身は、いたるところに傷を負っている。
特に右肩の傷が大きい。おそらく、獣のような魔物に噛まれたのだろう。
(早く、フィーネを移送しないと……‼)
空中で飛び回る彼女を捕まえることはできず、結局、彼女を受け止められたのは、限界を迎えた彼女が落ちてきてからだった。
ユーリア自身ももう、限界が近い。
「……ユーリア……?」
「フィーネ。安心して、すぐに移送してあげるから」
「だ、だめ……だ、だって、ユーリアは……」
「私は大丈夫よ。そろそろ走って逃げるわ。私の足が速いの、知ってるでしょ」
移送魔法は、自分を対象に使うことはできない。
つまりユーリア自身は、自らの足で戦場から撤退するしかないのだ。
無茶をするつもりはない。これ以上ここにいても、自分ができることはなにもないだろう。
(きっともう、これが最後の移送魔法)
力を振り絞って、絶対に親友を助けてみせる。
「ユー、リア……に、げて。うし、ろ……‼」
「え?」
振り向くと、ブラックトロルが後ろに迫っていた。
知能は低いが、単純な膂力は馬鹿にできない魔物である。
「だめよ、フィーネも……」
慌ててフィーネを抱き上げようとして失敗した。腕が上がらなかったのだ。
どうやら自分が思っていたよりもずっと限界が近かったらしい。
「ゆ、りあ……」
「……任せて」
ブラックトロルの足音が迫る。
ずしん、ずしんと地面が揺れるのに、不思議と心音は乱れなかった。
心は決まっている。迷いはない。
(長く生きるべきなのは、私じゃなくてフィーネよ)
急いで魔法陣を描く。
その様子を見て、フィーネもユーリアの意図を悟ったようだった。
「だ、だめ、ゆーりあ……っ‼」
最後の力を振り絞って、フィーネが首に抱き着いてくる。
ぽたり、と首を濡らしたのは、彼女の涙だろうか。
桃色と金色の金銀妖瞳。
彼女はコンプレックスだと言っていたけれど、ユーリアは彼女の金銀妖瞳が好きだった。
(そして、貴女の目と同じ髪の色を持っていることが、すごく誇らしかったの)
言葉では言い表せないほどの衝撃が身体を襲った。
目の前が真っ白になって、その後、真っ暗になる。
消える視界の中で最後に聞いたのは、最愛の人の声だった。
「ゆー、りあ、ゆーりあ……っ‼」
泣かないで。
そう言って抱き締めてあげられないことが、ユーリアはなによりも悔しかった。




