第38話 うち、ちょっと散らかってるけど
「ごめん、急に連れ出しちゃって……」
「大丈夫よ。それより、大変なことになったわね」
「うん……でもまあ、決闘一回で、いろいろ終わるならそれはそれでいいかも……」
入学してから教科書や机を隠されたり、陰口を言われたり、嫌がらせを受けたことは一度や二度ではない。
今回の件でそれらを終わらせることができたら、学校生活が少し楽になるだろう。
(ブルクハルトさんになんて説明するかは悩むなぁ)
入学して早々決闘をすることになった、と言えば、驚かれてしまうに違いない。
「それより、遅くなっちゃったよね。家まで送ろうか?」
「んー……」
ユーリアは少し悩むような素振りを見せると、いきなりフィーネの腕に抱き着いてきた。
「今日は帰りたくないから、フィーネの家に泊めてくれない?」
「……え?」
「元々、あんまり居心地がいい場所じゃないの、うちって」
だめかしら? とユーリアが首を傾げた。桃色の髪が揺れて甘い匂いがする。
月の光に照らされた彼女は、目を奪われてしまうほどに綺麗だった。
(そういえば、なにかを綺麗、なんて思ったの、初めてかも……)
ブルクハルトに連れて行ってもらった旅行で様々な景色を見ても、綺麗だ、と感じることはあまりなかった。
目に映る景色を事実として捉えるだけで、心が動くわけではなかったのだ。
「……うち、ちょっと散らかってるけど、それでもよかったら」
「問題ないわ!」
はしゃいだフィーネが抱き着いてくる。
そっと彼女の腰に腕を回しながら、ぼんやりと月を見上げた。
(今日の月、満月だ)
だからなんだ、と問われたら答えることはできない。
けれどなぜか嬉しくて、気づけばフィーネは笑っていた。
◆
「私の家、ここなんだ」
「ちょっと古いけど、立地はいいじゃない」
階段は狭いから、一列になってあがる。アパートは五回建てで、フィーネの部屋は三階だ。
「ここ」
鍵を開けて中へ入る。すると、途端に中から生臭い匂いが漂ってきた。
「なっ、なにこの匂いっ⁉」
「ごめん。すぐ消臭魔法かけるから」
「消臭魔法ってなに⁉」
杖を取り出し、慌てて魔法陣を描く。
少しすると、ユーリアはただでさえ大きな目を真ん丸にしてフィーネを見つめてきた。
「一瞬で匂いが消えたんだけど、これ、何の魔法なの⁉」
「風属性魔法だよ。原理は説明するとちょっとややこしいんだけど……風の流れを利用して、悪臭を防ぐ効果があるんだ。家にいる間は基本、ずっと使ってる」
「……家にいる間、ずっと消臭魔法を?」
「うん。一人暮らしを始めてから作った魔法なんだ」
ブルクハルトから教わる魔法は全て戦闘用魔法で、日常で使えるような魔法はなかった。
だから、生活する中で必要だと感じた魔法を研究している。
その中でも便利なのがこの消臭魔法だ。
「……すごいけど、そもそもなんであんな匂いが……あっ‼」
部屋に入った瞬間、ユーリアが見つめたのは汚れた台所だった。
シンクには洗っていない皿や空き缶、食材の切れ端などが幾重にも積み重なっている。
「台所が臭いんだ。だから、消臭魔法を使うようにしてる」
「ねえ、フィーネ。貴女、食器を洗うってことを知らないの?」
「時間がある時は水魔法で洗うようにしてるよ。でも、朝とかバタバタしちゃうことも多くて。最近は面倒だから、どうにか食材を浮かせたりして、皿を使わずに食事ができないかを考えてるところなんだけど」
理論的にはそれほど難しくないはずなのだが、汁気がある物の扱いが難しいのだ。
「……ちなみに、部屋の掃除は?」
「ちょっと散らばってるけど、必要な物の場所はなんとなく把握してる。あっ、でも座れないよね。ちょっと待ってて、ユーリアの座る場所を……」
フィーネが杖を取り出した瞬間、魔法陣を描くよりも先に手首を掴まれた。
「ユーリア?」
「今、何しようとしたの?」
「風魔法で物をどかせようとしたんだけど……」
「貴女って、片付けって知らない?」
「……あんまり……」
幼い頃の記憶はないし、ブルクハルトに引き取られてからはメイドが全てやってくれていた。
手伝おうかと声をかけたこともあったが、そんな暇があるなら勉強や魔法の訓練をした方がいい、と言われて育ったのだ。
一人暮らしをしてから戸惑ったことはあるが、魔法のおかげでなんとかやれている。
「ねえ、フィーネ。台所、蠅もわいているようだけど?」
「あ、じゃあ燃やそうか」
「……あのねえ」
はあ、とユーリアは盛大な溜息を吐いた。そして、フィーネの耳を引っ張る。
「貴女に今必要なのは、魔法じゃなくて一般常識よ⁉」
貴族の娘らしからぬことを大声で叫ぶと、ユーリアは髪を解き、後ろで一つにまとめなおした。
「掃除道具はある? ないなら買いに行くわよ」
「い、今から?」
「こんなところで寝られるわけないじゃない! 今夜は徹夜よ徹夜! 言っておくけど、魔法は禁止だから!」
「ええ……」
確かに、魔法を使った家事は雑だったかもしれない。
とはいえ、効率を考えれば最善だったはずである。
「文句言わない! 掃除道具はあるの、ないの⁉」
「な、ないです」
あまりの剣幕におされ、敬語に戻ってしまった。
「じゃあ行くわよ! まだぎりぎり、開いている店もあるから!」
とても文句を言えるような雰囲気ではない。フィーネは黙って頷き、ユーリアの後に続いた。




