第36話 初めての友達
「フィーネ! 一緒に帰りましょう」
放課後になると、ユーリアが笑顔で駆け寄ってきた。
しかし、他のクラスメート達は相変わらず悪意に満ちた眼差しでフィーネを見つめている。
「よかったら、一緒に食事でもして帰らない? 近くに美味しいお店があるって聞いたの」
「あ、えっと、その……誘ってくれるのは嬉しいんです、けど……」
「用事でもあった?」
ユーリアはここ最近、フィーネに話しかけるせいで孤立気味だ。
明るくて可愛い上に貴族の娘なのだから、フィーネに絡みさえしなければ今頃みんなの人気者になっていただろうに。
「……わっ、私なんかと一緒にいたら、あんまり、その……よく思われないんじゃないかなって」
「気にしないわよ。私、自分の友達くらい自分で選ぶから。それより予定はないのね? だったら行きましょ‼」
強引に手を引かれ、慌てて教室を出る。
周囲の視線なんて気にもせず、ユーリアはいつも通りの眩しい顔で笑っていた。
◆
「ここよ。安いわりに量が多くて美味しいって評判なの」
ユーリアが案内してくれたのは、学園から少し歩いたところにあるレストランだった。
貴族が通うような小綺麗な店ではなく、労働者が酒を飲んで騒いでいるような店である。
「いらっしゃい! ユーリアちゃん!」
「今日は友達を連れてきたの。サービスしてね!」
可愛らしくユーリアが笑うと、しょうがねえなあ、と店主の男性が頬を緩めた。
(こ、こんな店にきたことあるの……?)
案内されたのは一番奥の席だ。
隣では、仕事帰りであろう男性の四人組がビールを片手に騒いでいる。
落ち着きなく店内を見回していると、ユーリアが首を傾げた。
「こういう店、初めて?」
「はっ、はい、まあ……」
故郷には外食できるような場所はなかったし、ブルクハルトに引き取られてからは家で食事をとることがほとんどだった。
たまにレストランへ連れて行ってもらうこともあったが、テーブルマナーを求められるような貴族向けの店ばかりで、こういった大衆向けの店にきたことはない。
(ユーリアさんって貴族だよね? なんでこんな店に慣れてるんだろう)
フィーネの疑問が伝わったのだろう。ユーリアはメニューを開きながら教えてくれた。
「私、本妻の娘じゃないのよ」
「え?」
「私の母親はコルネリウス家に仕えるメイドだったの」
貴族社会において、愛人を持つことは珍しくない。
とはいえ、どんな反応をしたらいいか分からず、とりあえず水を一気飲みした。
「当時本妻――まあ、私の母親ってことになってるんだけど――は不妊に悩んでいたから、私の誕生に激怒して母を屋敷から追い出したわ。父がお情けにお金をあげたみたいで、暮らしには困らなかったそうだけど」
「……ゆ、ユーリアさんは、一緒に行かなかったの……?」
「父にとって私は初めての子供だったから。今後、本妻が子供を産まなければ、私を正統な跡継ぎにしようと考えたみたい。まあ、私が生まれた五年後に弟が生まれて、そっちが跡継ぎになったんだけどね」
「……そうなんだ」
「そう。でもその時には、私の魔力量が人並み以上にあることが分かってたの。だから私を魔法軍で働かせるために育て続けることにしたのよ」
魔法軍に入る貴族の大半は、家を継がない次男以下だ。
軍に入ることは社会的に評価される上に、魔法軍となれば魔法の才能を示す役割もある。
ユーリアのことを嫌っていても、娘として育て、魔法軍に入らせる方が家の利益になると判断したのだろう。
「だから私は大事にされてないし、こういう店にも慣れてるってわけ」
「そうだったんだ……」
「でも、私自身も魔法軍に入りたいとは思ってたの。だからそこはラッキーね」
そこまで喋ると、とりあえず注文しましょう、とユーリアがメニューをめくった。
酒はまだ飲めないから、ジュースと料理を適当に注文する。
「私ね、よく孤児院へ行くんだけど、そこには魔物のせいで両親を亡くした子がたくさんいるの。これ以上そんな子を増やさないように頑張るのが私の夢ってわけ!」
届いたばかりの林檎ジュースを勢いよく飲み干して、ユーリアが笑った。
その笑顔があまりにも眩しくて、どんな顔をすればいいか分からなくなる。
(夢、なんて、考えたこともなかったな……)
自分自身が何をしたいかなんて考えたことがない。
魔法学園への入学を決めたのも、ブルクハルトに恩を返したいと思ったからだ。
「フィーネは、どうして魔法学園に入ったの?」
「私はただ、その……」
ユーリアは期待に満ちた眼差しでフィーネを見つめている。
きっと、彼女と同じような夢のある回答を期待してくれているのだろう。
彼女の期待を裏切りたくない。だがそれ以上に、彼女に嘘をつきたくないと思った。
「……ちっ、小さい頃、両親が魔物に襲われて死んだんです。その後、引き取ってくれたのが魔法軍の人で、だから、その……その人への、恩返しというか……」
自分のことを他人に説明するのは初めてかもしれない。
どくん、どくんと騒がしくなった心臓を鎮めるためにジュースを飲む。
親が魔物に殺されたなんて、反応しづらいことを口にしてしまった。
(困らせちゃったかな?)
ゆっくりとユーリアの表情を窺う。目が合うと、彼女は急に泣き始めた。
「えっ⁉」
「うっ、うう……ごめんね、言いにくいこと言わせちゃって……でも、私に教えてくれてありがとう……っ‼」
綺麗な青色の瞳から、真珠のような涙が次々に溢れ出てくる。
「えっと、その……」
こんな時、どうするのが正解なのだろう。
友達なんていなかったから、フィーネにはよく分からない。
(どうしよう。涙を止める魔法なんてないし……‼)
混乱したまま立ち上がる。
手を精一杯伸ばして、向かいに座るユーリアの涙を拭った。
「あ、あのっ! な、泣かないで、ください。その、あの……」
もっと人付き合いを学んでおくべきだったのだろう。スムーズに言葉が出てこないことがもどかしい。
「泣かないで、ください……」
ぱちぱち、とユーリアがまばたきを繰り返す。
急に触れるなんて失礼だったかもしれない。
慌てて座ろうとすると、今度はユーリアに手を掴まれた。
「ユーリアさん……?」
「ユーリアって呼んで」
「……ユーリア」
不思議な気分だ。名前を口にしただけなのに、なぜか胸の奥が温かくなった。
「あと、敬語もやめて。私達友達でしょ?」
「……うん」
「ほらほら、フィーネも笑って? 今日はもう、思いっきり食べちゃいましょ!」
「……うん!」
今度の休みにはブルクハルトの家へ戻ろう。
上手く伝えられる気はしないけれど、ユーリアのことを伝えたいと思ったから。




