第35話 ユーリアさん以外
魔法学園の制服は赤と黒を基調に作られたもので、式典等の正装時には臙脂色のマントを羽織ることになっている。
入学の日を迎えたフィーネは正装に身を包んでいるのだが、鏡に映る自分の姿には違和感しかない。
(似合ってないって言うか、服に着られてるっていうか……?)
同年代の女子と比べるとかなり小柄なせいでしっくりこない。
「……これのせいで注目されそうだし」
胸元で輝くのは、真っ赤なルビーの埋め込まれたペンダント。
これは学年ごとに成績上位者十名へ学園から贈られるペンダントで、順位に応じて宝石の種類が違う。
テストのたびにペンダントの所有者は変わるが、現在は入試の結果を反映した物である。
「髪で隠せるかな。あっ、それより、そろそろ朝ご飯食べないと……」
鏡の前から離れて、バタバタと台所へ向かう。
「えーっと、野菜も肉も魚も、バランスよく食べなきゃいけないんだよね……」
魔法学園入学を機に、フィーネは一人暮らしを始めることになった。
ブルクハルトの屋敷から学園までは近いのだが、教官と生徒が一緒に暮らすのはよくないだろう、と言われたからだ。
好きなところに住めばいいと言われたけれど、家賃が安いアパートを選んだ。
(雨風がしのげてゆっくり眠れるなら、どこでもいいし)
結果選んだアパートは築年数こそ古くぼろいものの、立地がよくてそれなりに気に入っている。
戸棚から食器を取り出す。これはブルクハルトの家から持ってきた物だ。
「野菜と肉と魚……とりあえず、肉は焼かないと」
食糧庫から取り出した肉を火魔法で軽く焼き、風魔法で一口サイズに切る。
それを皿に入れ、野菜と缶詰の魚と混ぜてみた。
見た目はよくないが、バランスはいいはずだ。
朝食はこれとパンで十分だろう。
皿とパンをテーブルに運び、いただきます、と手を合わせる。
「……不味い。しかも、味しないし……」
とはいえ、食べられないほどではない。
胃の中に流し込むようにして食事を終えた後、フィーネはあることに気づいた。
「調味料を入れ忘れたから美味しくなかったのかも」
今日の帰り、街で調味料をなにか買って帰ろう。
そう決めて、フィーネは慌ただしく家を出発した。
◆
フィーネの学園生活は、予想通り順調な滑り出しとはならなかった。
「机、なくなってる……」
最初の嫌がらせは教科書を隠されたことだった。
ロッカーに入れていた魔法史の教科書は未だに見つからず、結局、購買部を通じて新しい物を購入することになった。
以降ロッカーには結界魔法をかけて他人が触れないようにしたが、どうやら、今度は机を隠すという手段をとってきたらしい。
誰が嫌がらせをしているのかは分からない。
フィーネを嫌っているクラスメートは複数人いるからだ。
くすくすと笑っているクラスメート達は、フィーネが狼狽えることを期待しているのだろう。
(でも別に、机ならすぐ創造魔法で作れるし)
懐から杖を出したフィーネが魔法陣を描くよりも先に、誰がやったの⁉ と叫ぶ少女の声が教室中に響き渡った。
桃色の髪に、昼の空のように澄んだ青い瞳。
ユーリア・フォン・コルネリウス。
入学して以来孤立しているフィーネに、唯一話しかけてくれるクラスメートだ。
登校したばかりの彼女はフィーネのところまでくると、さらに大きい声でクラス全体に怒鳴る。
「誰がやったのかって聞いてるのよ! 先生達に報告するわよ⁉」
「……そんな庶民の机がなくなったくらいで、先生達は誰も気にしないだろ」
ぼそっ、と呟いたのは一人だ。でも、同意する生徒は複数いた。
実際相談すればきっとブルクハルトはきちんと対応してくれるだろう。
しかしまだ、彼とフィーネの繋がりを知る者はいない。
「だっ、大丈夫です。でも、その……気にしてくれて、ありがとうございます」
「大丈夫って……。分かったわ。それなら、一緒に予備の机を借りに行きましょ」
「いえ、それも、本当に大丈夫なんです」
不思議そうな顔を浮かべたユーリアを安心させるようになんとか微笑んで、フィーネは空中に魔法陣を描いた。
全属性の魔法を使えるが、中でも創造魔法は一番得意だ。
教室の床が一瞬歪む。
ぐにゃりと歪んだ床が変形し、机ができた。床の素材を使った分、床が全体的に削れて少々薄くなってしまったものの、それほど影響はない。
「机くらいなら、作れますので……」
「貴女、創造魔法が使えるの⁉ 昨日、授業で火属性魔法使ってたわよね⁉」
「簡単なものなら、どの属性でも……」
「本当にっ⁉」
「じゅ、授業でまだやってないだけですよ。やれば、誰でもできると思います」
予想外だったが、魔法学園ではかなり基礎的な内容から学習がスタートした。
まだ各々得意な属性を見つける段階だが、少しすれば他の属性の魔法も使えるようになるだろう。
「さすが、入試一位の実力……」
たいしたことないです、と言ってもクラスメートに睨まれるし、調子に乗れば当然クラスメートからさらに文句を言われるだろう。
ルビーのペンダントの所有者、ということで、フィーネは想像以上に目立ってしまったのだ。
(おかげでユーリアさん以外、挨拶すらしてくれないんだよね……)
フィーネが名門貴族の娘なら、きっとすぐに取り巻きができたことだろう。
だが、フィーネは平民で、貴族達によく思われないのは当然だった。
チャイムが鳴る。あと少しすれば、一時間目の開始だ。
今日は午前中が筆記科目で、午後が体術と魔法の授業。
(席を立った隙に、この机も隠されちゃうかも。そうだ!)
こっそりと魔法を使い、フィーネは床と机が離れないように固定させたのだった。




