第34話 フィーネの選択
金持ちではない、とブルクハルトは言っていたが、フィーネにとって新しい生活は贅沢過ぎて落ち着かないほどだった。
王都にある屋敷には住み込みで働くメイドがいて、料理や洗濯等、ありとあらゆる家事をやってくれる。
毎日食卓には肉が出るし、書庫には大量の本が所蔵されていた。
今までのように、フィーネが家事を手伝う必要はない。
代わりに、家庭教師が何人もつけられた。
そして、魔法と体術を実技で教えてくれたのはブルクハルト本人だった。
「フィーネ。お前は魔法の才能があるが、それだけだ。才能は磨かなければ使い物にはならない」
「はい」
「まずは毎日、魔力切れで倒れるまで、各属性の基礎魔法を使い続けろ。一ヶ月経ったら、並行して得意な属性を見つけていく」
「分かりました」
ブルクハルト流の訓練はかなり厳しく、『倒れるまでやり続ける』というものだった。
真剣になにかを頑張る、という経験をしてこなかったフィーネにとっては体力的にも精神的にも辛かったが、かえってそれがよかった。
必死に魔法の訓練をしている間は、他のことを考えずに済むから。
魔法には、大きく分けて七種類ある。
火属性、水属性、土属性、風属性、光属性、闇属性の六属性に加え、『創造魔法』というどの属性にも属さない特殊な魔法。
ブルクハルトが得意なのは火属性だが、水属性、土属性、風属性、光属性の魔法は使うことができる。ただ、闇属性魔法と創造魔法は使えないのだという。
(全部の属性を使えるのはすごいことだってブルクハルトさんは言ってくれたけど……)
どれも中途半端にしか使えないのなら、きっと意味はない。
彼の期待に応えるために、しっかりと訓練を頑張らないと。
彼がフィーネを引き取ってくれたのは、同情からでも愛情からでもなく、フィーネに利用価値があると判断したからだろう。
だったら、彼の期待を裏切るわけにはいかない。
◆
「来年から、お前には魔法学園に入学してもらう」
ブルクハルトからそう告げられたのは、十四歳の誕生日だった。
彼に引き取られてから約六年。毎日欠かさず訓練を重ね、様々な魔法を習得した。
それだけでなく、剣術や体術についても厳しく教えられた。
(ブルクハルトさんは、本当によくしてくれた……)
惜しみなく教育資金を使ってくれたし、余らせてしまうほどのお小遣いもくれた。
休暇の際は旅行に連れて行ってくれることもあった。
父と呼ぶように、と求められたことは一度もない。
けれど、彼がフィーネを娘のように愛するようになったことは、誰の目から見ても明らかだった。
「分かりました。では、魔法学園の入試を受けます」
昨年准将に昇格したブルクハルトは、同時に魔法学園で教官を務めるようになった。
近頃さらに魔物が村や町を襲う事件が多発しており、魔法軍強化の必要性が高まっている。
その政策の一環として、長年現場で活躍してきたブルクハルトが教官を任命されたのだ。
今まで魔法学園の教官は閑職で、身分が高いが能力の低い貴族が就く仕事だった。
その仕組みが改善されたのだ。
(魔法の才能があるから、ブルクハルトさんは私を拾ってくれた。だけど、私はまだ、ブルクハルトさんになにも返せてない)
拾われた当初は、利用価値があるから選ばれたのだと思っていた。
でも、たぶん違う。
彼はただ、才能のある子供を見捨てられなかっただけだ。
「そして、魔法学園を卒業して、軍に入ります。ブルクハルトさんの役に立つために」
本音を言えば、魔法軍にたいして興味はない。
ただ、自分が人並みにできることは魔法くらいだから、他にできる仕事なんてないだろう。
(……それに、ブルクハルトさんにちゃんと恩返し、したいし)
決意を込めてじっとブルクハルトを見つめる。
出会った時と比べると少し老けた気はするけれど、瞳の鋭さは全く変わっていない。
「フィーネ」
「はい」
「本当は、あまり軍には近寄ってほしくないが……」
魔法軍の教官らしからぬ言葉を口にして、ブルクハルトは乱暴に溜息を吐いた。
(私を引き取ったのは、魔法の才能があるからだって言ってたのに)
矛盾している彼の言動に違和感を持たないのは、今までの間、彼が真摯にフィーネと向き合ってくれたからだろう。
「今の魔法軍には、お前が必要だ」
「私になにができるかは分かりませんが……精一杯、頑張ります」
元々、小さい時からこれといった夢はなかった。
そもそも、ブルクハルトに救われていなければあの時死んでいたのだ。
(だったらこれが、一番いい選択に決まってる)




