第33話 フィーネの才能
騒ぎを聞きつけた魔法軍によって村を襲ったブラックトロルの群れは殲滅されたものの、被害は甚大だった。
約百名の村人の内、八十人近くが死亡した。
生き残った二十人の内、過半数の十三人が幼い子供だったのは、彼らの家族が必死に庇ったからである。
フィーネもその一人だった。
「……お前、飯は食ってるのか」
生き残った村人達は魔法軍に保護され、一時的に魔法軍西方基地内の仮設テントで暮らすことになった。
テント内で暮らすフィーネの元にやってきたのは、彼女を助けた男だった。
「……はい」
配給される食事は魔法軍食堂で作られているようで、フィーネが今まで食べていた物と比べると量も多く栄養価も高い。
けれど何を食べても何を飲んでも、味というものを感じられなくなってしまった。
それでも食べるのは、周りから心配されるのが煩わしいからだ。
「親戚はいないと聞いたが」
「……はい」
魔法軍での保護はあくまでも一時的なもので、順次、親戚等の家へ行くことが決まっている。
だが、フィーネの両親は共に村の出身で外に身内はいない。
彼女のように行き場のない子供に関しては、現在、受け入れ先の孤児院を魔法軍が探してくれている。
孤児院での暮らしは想像がつかないが、集団生活が苦手なフィーネにとって居心地の悪い場所であることは間違いないだろう。
引き取り手が見つかりやすいのは物心もついていないほど幼い子供だと聞いたことがあるし、フィーネは成人するまでの間、孤児院から出られないに違いない。
「行き場がないなら、俺のところへ来ないか?」
「え?」
「俺はブルクハルト・フォン・アッヘンバッハ。アッヘンバッハ子爵家の生まれだが、次男だから家は継がない。魔法軍では大佐を務めている。金持ちというわけではないが、金銭的には苦労しないぞ」
「……どうして?」
助けられた後、フィーネはろくに礼も言っていない。
それに今まで、会話らしい会話もしていない。
(それに私、可愛げがあるようなタイプじゃないし……)
同情したのかもしれないが、似たような状況の子は他にもたくさんいる。
その中には、彼がフィーネと同様に自ら救出した子供もいるはずだ。
「お前に魔法の才能があるからだ」
「魔法の才能?」
「ああ。気づいていないようだが、お前はかなり魔力量が多い。鍛えていない状態でそれなら、今後はさらに期待できる」
全ての人間は魔力を持って生まれてくるが、その魔力量には個人差がある。
魔力量が一定の量を越えない限りは魔法を使うことができない。
それくらいのことは知っている。しかし、他にはなにも知らない。
フィーネの地元には魔法を使える者などおらず、フィーネ自身も魔法が使えるなんて想像したこともなかった。
「これを描いてみろ」
ブルクハルトは懐から一枚の羊皮紙を取り出した。
羊皮紙にはでかでかと簡単な魔法陣が描かれている。
白紙の紙とペンを渡され、フィーネはゆっくりと魔法陣を描き写した。
「自分が描いた魔法陣の上に両手を置いて、手のひらに力を込めてみろ」
言われた通りに動く。すると、ぶわっ、と火が燃え上がった。
「次はこれだ」
ブルクハルトは懐からまた羊皮紙を取り出した。描かれているのは、先程と少しだけ違う魔法陣。
再びそれを描き写し、魔法陣に手を重ねる。今度は炎ではなく、強い風がぶわっと巻き起こった。
「あと五回だ」
命じられるがままに手を動かす。
三度目は水が、四度目は土が、五度目は光が、六度目は闇が手のひらから生まれた。
「これが最後だ」
最後に示された魔法陣は、今までの物とは桁違いに複雑な物だった。
無数の線や文様が入り混じっていて、手本を見ながら描き写すのすら難しい。
長い時間をかけて魔法陣を描き、今までと同じように手のひらをかざす。
今度は、手のひらからなにかが放たれることはなかった。その代わり、ぐにゃりと羊皮紙が曲がり始め、小さな人形となった。
「……なるほどな」
頷いたブルクハルトが、フィーネの描いた魔法陣を回収する。
(どういうことなんだろう……? 期待してたよりしょぼかったのかな……?)
ブラックトロルを倒す時、ブルクハルトは大きな炎を出していた。
それに比べたら、先程フィーネの手のひらから出た炎は小さすぎる。
炎だけでなく、全ての魔法においてそうだった。
「……やっぱり私に、才能なんてないってことですか?」
ブルクハルトは首を横に振ると、乱暴にフィーネの頭を撫でた。
人の温もりを感じるのは久しぶりで、自然と瞳から涙が溢れてくる。
(なんで私、泣いてるんだろう?)
理由は分からないのに、なぜか涙がとまらない。
「俺のところへ来い。俺なら、お前の才能を伸ばしてやれる」
魔法使いに憧れたことなどない。特別な人間になりたいと望んだこともない。
だからフィーネが頷いたのは単純に、誰かから必要とされたいからだった。
「……お願いします、ブルクハルトさん」




