第31話 ごめんなさい
「今回の依頼、長旅だったし、疲れたわね」
馬車から下りた瞬間、ふわあ、とユーリアは大きく欠伸をした。
数日ぶりの王都はなにも変わっていないはずなのに、目に入るあらゆる物が新鮮に見えてくる。
「……うん。一年くらい、依頼なくていいかも」
「それは休み過ぎよ。長くても一週間ね」
ずいぶんと真面目なことを言ったユーリアがいきなり立ち止まった。
「どうしたの?」
「見て、フィーネ。大道芸人がきてるわ。見て帰らない?」
ユーリアが指差した広場で、大道芸人がボールを使った芸を披露していた。
珍しいことではなく、よくあることだ。
「本当ユーリアって、ああいうの好きだよね……」
「だってすごいじゃない。ほら見て、ボールを十個も同時にジャグリングするなんて、普通できないわよ」
「……私、できるけど」
「魔法を使ってでしょ! 魔法を使わずにできるなんてすごいわ」
結果としてやっていることは同じだろう、と思うのだが、ユーリアにとっては違うらしい。
「……ユーリア。私、ちょっと寄って帰りたいところがあるから、別行動でもいい?」
「フィーネが? 珍しいわね、どこに行きたいの?」
首を傾げたユーリアが、ぐいっ、と顔を覗き込んできた。
だが、沈黙を貫くフィーネを見て、おとなしく姿勢を正す。
「分かったわ。じゃあまた後でね!」
笑顔で手を振ると、ユーリアは大道芸人のもとへ走り去っていった。
◆
ユーリアと別れたフィーネが向かった先は、王都のはずれにある共同墓地だ。
この墓地にある墓は全て、戦死者の物である。
(久しぶりにきたな、ここ……)
多くの人がきているわけではないけれど、常に誰かはいる。
ぴかぴかに磨かれた墓もあれば、埃をかぶって薄汚れた墓もある。
ここへきたのは、毎日墓へ通っているというマックスの話を聞いたからだ。
覚悟を決めて、目当ての墓へ向かう。
周囲の墓と比べても汚れていないのは誰かが毎日磨いてくれているからではなく、フィーネが保護魔法をかけているからだ。
「……全然、こられなくて、ごめん」
そう口にしながら、誰に謝っているのだろう、と不思議に思った。
この墓の下は空っぽで、遺体なんて埋まっていないのに。
戦場から遺体を持ち帰るなんて、たいていの場合不可能だ。だからこの墓地の下には、ほとんど何も埋まっていない。
そっと手を伸ばし、墓石に刻まれた名前をなぞる。
『ユーリア・フォン・コルネリウス』
たった一人の、親友の名前だ。
「……ユーリア」
今のフィーネを見たら、彼女はどう思うだろう。
情けないと罵るだろうか。いっそ、そうされた方が楽かもしれない。
(だってユーリアは、私のせいで……)
思わず唇を噛む。口内に血の味が広がった。
「ごめんね」
もう一度謝ると、ぽつりぽつり、と雨が降ってきた。
またね、と墓に背を向ける。すると、目の前に見慣れた人物が立っていた。
「ブルクハルトさん……」
翡翠色の鋭い瞳と、無駄をそぎ落とすように切り揃えられた黒髪。
相変わらずの筋骨隆々ぶりだが、前よりも少し小さくなったように感じられるのは気のせいだろうか。
「ここにくると思っていた」
「どうして……」
フィーネに返事をする前に、ブルクハルトは無言で手を合わせた。
「手紙、届いていないわけじゃないだろう?」
「……すいません」
無視をするな、と怒られるわけじゃない。
しかしフィーネが不義理を働いているのは事実で、ブルクハルトの顔を正面から見ることができなかった。
「店を開いたんだってな。噂を聞いたぞ」
「……はい」
「少し痩せたんじゃないか? ちゃんと食事はとっているのか」
「……はい」
昔から、彼を前にすると緊張した。
認めてもらえるだろうか、褒めてもらえるだろうか、と。
でも昔は、緊張しながらも、彼に褒められることを期待していた。よくやったな、頑張ったな、と優しく撫でられることを望んでいた。
今は違う。
だって、今の自分が彼に褒められるはずがないと分かっているから。
「……なあ、フィーネ」
「……はい」
身体が硬直して、はい、と返事をすることしかできなくなってしまった。
「一緒に店をやっている娘というのは、ユーリアだろう?」
ブルクハルトが一歩近づいてくる。反射的にフィーネは耳を塞いだ。
「いや、ユーリアの――」
嫌だ。聞きたくない。
(聞きたくない、聞きたくない、聞きたくない‼)
逃げ出したことも、連絡を無視していることも、彼が心配してくれていることも全部理解している。
理解した上でまだ、現実と向き合う覚悟ができていないのだ。
「……ごめんなさい、ブルクハルトさん」
頭を下げて、全速力で駆け出す。追いかけてくるのが分かったけれど、立ち止まることも、振り向くこともしなかった。
◆
「ユーリアっ‼」
叫びながら店の扉を開ける。
チリンッ、とベルが鳴っただけで、ユーリアの姿は見えない。二階にいるのだろう。
乱暴に足音を立てながら階段を上がる。
足音を聞きつけてやってきたユーリアを、フィーネは思いきり抱き締めた。
「フィーネ? どうしたの?」
「……ユーリア」
どれだけ彼女の胸に頭を寄せても、心音は聞こえない。
(ごめんなさい、ユーリア。ごめんなさい、ブルクハルトさん)
許して、なんて言わない。一生許してくれなくたっていい。
(弱い私が全部悪い。そんなこと分かってる。分かってるけど……)
ぎゅっ、と強くユーリアを抱き締める。
「……私のユーリア」
呼吸が乱れ、視界も霞んでくる。
落ち着かなくてはと焦れば焦るほど、普段の自分を思い出せない。
「フィーネ」
ユーリアが、そっとフィーネの唇をなぞった。
「貴女のユーリアよ。ちゃんとここにいるから、安心して」
優しく背中を撫でられ、少しずつ心が落ち着いてくる。ゆっくりと深呼吸をしながら、フィーネはユーリアの胸で泣き続けた。
――今から四年前。
国の東方に魔物達が押し寄せる事件があった。
正規の魔法軍だけでは戦力が足りず、魔法学園の生徒にも出兵要請がきた。
それはほとんど強制のようなもので、全員が戦場へ向かった。
ユーリア・フォン・コルネリウス。
卒業を間近に控えていた彼女は、前線で戦死した。




