第30話(ビアンカ視点)彼女は
「疲れたわね……」
宿のベッドに横たわり、天井を見つめながら今日のことを思い出す。
フィーネと共闘するのは久しぶりだったが、やはり彼女の魔力量は圧倒的だった。
しかも今日は魔法人形を通じて戦う、というやりにくい戦い方のはずだったのに。
(色々思うところはあるけれど……とりあえず、元気そうでよかったわ)
とはいえ、フィーネの戦いぶりには焦りも抱いてしまった。
数年間にわたって隠遁生活をしていた彼女と違い、自分は魔法学園卒業後、必死に努力してきたのだ。
にもかかわらず、相変わらず彼女に後れをとってしまった。
「まだまだね、私も」
同期の中では出世頭と言われているが、主席を欠いたビアンカの代は出来が悪い、と陰口を叩かれることもある。
実際、ビアンカ達より一年早く魔法学園を卒業した先輩達の代には、ビアンカの何倍もの早さで出世している人達が複数いるのだ。
ビアンカがそっと息を吐いたタイミングで、窓を叩く音がした。
風かと思ったが、やたらとしつこい。
仕方なくベッドから下りて外を確認すると、赤い目をした黒い烏が何度も窓ガラスを叩いていた。
よく見ると、烏の首には紐が巻かれていて、首との間に赤い封筒が挟まっている。
(赤い目の烏に、赤い封筒……もしかして……っ!)
慌てて窓を開ける。封筒を抜き取っても烏は動かない。
ビアンカの予想通りなら、彼女の返事を受け取るまでこの烏は動かないはずだ。
フィーネが使う操作魔法とはまた違う。おそらくこれは――。
封筒を開けると中に手紙が入っていた。
『ビアンカ・フォン・ベーレンドルフ中尉
今回の任務の協力者である民間人、フィーネ・フェルナーに関する報告書を送るように。
なおその報告書について、他の者には一切口外せぬこと。
近衛隊隊長 リドワーン』
封筒の中にはもう一枚、報告書を記すための紙が入っている。
「やっぱり……って、わっ!」
ビアンカの持っていた手紙が、急に燃え始めた。
慌てて手から離すと、手紙はあっという間に消し炭になる。
(……これも、噂通りってわけね)
赤い目を持つ烏を通じて届く、国王近衛隊からの手紙。
情報提供を求めるもの、なんらかの罪を告発するもの、秘密を知っていると書かれたもの……手紙の内容は様々らしいが、どれも第三者への公開を禁止されているのは同じらしい。
まさか、自分が受け取ることになるとは思わなかった。
「……フィーネには悪いけど、嘘はつけないわ」
そもそも、今回の任務をフィーネと協力して達成したこと自体、まだ直属の上司にすら報告していないのだ。
なのに知られているのだとすれば、些細な嘘でも見抜かれる可能性は高い。
国王付きの近衛隊、特にその隊長を務めるリドワーンという男がいかに冷酷な男かは魔法軍では有名な話だ。
国王陛下に敵意があるとみなされた人物が不審死を遂げた例は、一度や二度ではない。
虚偽の報告をすれば、ビアンカの首も簡単に飛ぶだろう。
深呼吸をして、事実だけを淡々と紙に記す。
そして最後に一行だけ、ビアンカ自身の気持ちを付け加えた。
『彼女は勇敢で、高潔な人物です』
おどおどしているし、コミュニケーションは下手だし、ずぼらだし、情けないところはある。
けれど彼女は、敵を前にして逃げたことは一度もない。
それに平民でありながら、大半の貴族よりよほど責任感のある人物だった。
(厭世気取りのつもりかもしれないけど、そんなの、アンタには似合わないわよ)
心の中で呟いて、報告書を封筒へ戻す。
烏の首に挟むと、烏は一声鳴いて王都の方へ飛んでいった。




