第21話 俺でよかった
ビアンカと共に村内を歩き回って、分かったことがいくつかある。
村人は皆、『辺境の勇者』コンラートを尊敬していること。
けれど村の外のように、すごく神格化された存在ではないということ。
今回はレームブルック伯のおかげで魔法軍やフィーネに依頼がきたが、村の人々は自分達でもなんとかできるように自治会を運営していること。
(思ったよりもずっと、コンラートさんは、ただのコンラートとして村人に知られていた)
途中で読むのをやめてしまった日記帳の続きが気になって、ビアンカと別れた後、フィーネは急ぎ足で村長の屋敷へ戻った。
「フィーネさん」
屋敷へ入ろうとしたフィーネを呼び止めたのは、初老の男だった。
「ルッツさんから聞きました。貴女が、コンラートを一日だけ蘇らせてくれると」
「……はい。貴方は……?」
「名乗るのが遅れて申し訳ございません。私はマックス・ホフマンと申します。先程は、私の息子が世話になったようで」
先程の青年を思い出す。親子ほど年が離れているようには見えない。
(マックスって、コンラートさんの日記にも出てきた人……だよね)
そして、この村の自治会長。
現在は商人として幅広く活躍しているが、いつまでも本拠地をこの小さな村に置き、多額の寄付をしているのだという。
村中に建てられたコンラートの像も、全てこの人が出資して作られた物だとか。
「フィーネさん。貴女に、どうしてもお願いしたいことがあるんです」
「な、なんでしょう……」
「わずかな時間だけでいいんです。蘇ったコンラートと、二人で話をする時間をいただけないでしょうか」
「二人で?」
「わずかな時間で構いません。特別な話をしたいわけでもないんです」
震える声で、マックスは言葉を続けた。
「私はただ……もう一度だけ、幼馴染と笑い合えたら、と」
涙を堪えているホフマンを見て、フィーネは安心した。
『辺境の勇者』ではないコンラートを求めている人がちゃんといる。
それに今も昔も、村人達は無責任にコンラートを頼っていたわけではなさそうだ。
(人はみんな、自分のことばかり考えている。私が、そう思い込んでいたのかもしれない)
頭を下げて『辺境の勇者』の復活を頼んできたレームブルック伯だって、シュネー村の人々のために領主自ら身銭を切って動いていたのだ。
「お任せください、マックスさん。大切な人とのお別れをサポートするのが、魔法人形屋の仕事ですから」
ありがとうございます、と頭を下げたマックスは、幼い子供のような顔で泣いていた。
◆
書庫へ戻って、日記帳のページをめくった。
『マックスと酒を飲んだ。不安で仕方ないとつい言ってしまったら、泣いて謝られた。俺はもっと人を頼ってもよかったのかもしれない』
『今日見張りへ行こうとしたら、マックスとティムが一緒に行ってくれた』
『魔物を捕まえる罠を村全体で作ることになった。俺は上手くできなかったから笑われた。久しぶりに、自分に戻れたような気がした』
『魔王討伐に向けて勇者が王都を出発したと噂で聞いた。魔王が死んで平和な世界になったら、村の男達で旅行に出かけようという話で盛り上がった。俺は海に行ってみたい』
『魔王が死んだらしい。でも、シュネー村は変わらない。相変わらず魔物が畑を襲ってくる。でも、次期に魔物も減るだろうと聞いた。きっとあと少しだ』
『……昨日、トビアスさん夫妻が死んだ。魔物に殺された。畑じゃなくて、家まで魔物が入ってきたのは初めてだった。今まで畑を襲ってきてたやつじゃなくて、熊みたいにでかい魔物だったらしい』
『魔王が死んだことで、一時的に魔物の統率が乱れている、という噂があるらしい。レームブルック伯領に手紙を出したが、どこも手一杯だ。いつ助けがくるかは分からない』
『マックスが襲われた。両足を怪我した。意識がない』
『決めた。マックスを襲ったやつと戦う。このままだとまた村の誰かがやられる。誰かがやらなきゃいけない。俺しかいないんだ』
次が最後のページだ。フィーネは覚悟を決めてページをめくった。
『誰かが、俺でよかった』
最後の文字は震えていて、涙で紙が滲んでいた。
そっと日記を閉じて本棚へしまう。ふと、横に刺さっていた本の背表紙が目に入った。
『辺境の勇者・コンラートの生涯 著、マックス・ホフマン』
確か、今朝流し読みした本だ。改めて開くと、序章で内容を思い出した。
コンラートについて過剰なまでに持ち上げ、完璧な英雄として書かれていた本。
あまりにも事実とかけ離れ過ぎてうんざりしたけれど、どうやら意図的なものだったらしい。
「……でもきっと、満足して死んだわけじゃないよね」
彼は最期まで勇者になることを拒んでいたわけではない。覚悟を決めて戦いへ赴いていた。
だが、文句のない最期ではなかったはずだ。
だから――。
「明日が、貴方にとっても良き日になりますように」
祈りを込めるように、フィーネは呟いた。




