第2話 初めての客
「このちらしに書いてあることは本当か?」
目が合うなり、紳士は居丈高にそう言い放った。彼の手には、先日ユーリアが各地に配布したルクスのちらしがある。
「……は、はい、本当です」
ユーリア以外と喋るのは久しぶりで緊張してしまう。ただでさえ、フィーネは人と喋るのが得意ではないのだ。
「金ならいくらでも出す」
「そ、それはありがとうございます、えーっと、その……」
視界の端で、頑張れ! とユーリアが両手の拳を握った。
「とりあえず、詳しいお話を聞かせてもらえないでしょうか。そ、そこのソファーに座ってでも」
震える手でソファーを指差すと、紳士はすぐに座った。
(たぶん貴族……だけど、供も連れていない。きっと訳アリのお客さんだ。まあ、こんな店にくる人、ほとんど全員が訳アリだろうけど)
フィーネも紳士の向かい側に腰を下ろす。ユーリアが二人分の紅茶を運んできたが、紳士はカップに手を伸ばすよりも先に口を開いた。
「私はハインツ・フォン・ハイドン。ハイドン侯爵家当主だ」
「ひぇ……っ!」
思わず声が出てしまい、ハインツに睨まれてしまった。
ハイドン侯爵家といえば、かなりの名門だ。南部に領地を持つ家で、農作物の栽培が盛んな豊かな土地を持っている。確か、名産品はトマトだ。
(高いからそれなりの身分の人がくるとは思ってたけど、最初から侯爵様がくるなんて……)
フィーネが落ち着きなく視線を彷徨わせている間に、ハインツが懐から三枚の写真を取り出した。寄りの写真、引きの写真、全身写真……と構図に差はあるが、写っているのはいずれも同じ、幼い少女だ。
「彼女はクリスタ。私の娘だ」
「娘さん……」
亜麻色の髪に藍色の瞳を持つ少女は、眩しいほど明るい笑みを浮かべている。年齢は五、六歳だろうか。表情はずいぶんと違うが、顔自体はハインツによく似ていた。
「半年前、流行り病で死んだ」
淡々とした口調の中に、拭いきれない悲しみが残っている。ゆっくりとハインツの顔へ視線を移すと、目の下に濃いクマができているのに気づいた。
それだけではない。化粧で多少誤魔化しているようだが、顔もずいぶんとやつれている。半年という月日は、娘の死の傷を癒すには足りないのだろう。
「本当に君は、娘を作れるんだな?」
「……はい。本物ではありませんけれど」
すう、とハインツは深く息を吸い込んだ。一度目を閉じ、ゆっくりと瞼を開く。
「構わない。用意でき次第、私の領地にきてくれ」
「領地に、ですか?」
「ああ。……娘が死んでから、妻は屋敷から出なくなった。どうにかしてくれ」
そう言うと、ハインツは懐から革袋を取り出し、中から金貨を一〇枚テーブルの上に置いた。
(どうにかしてくれって言われても、大丈夫かな……)
フィーネにできるのは魔法人形を作ることだけ。それから先のことは、妻自身の問題だ。
ちら、と後ろに控えるユーリアへ視線を向ける。彼女は手帳を開き、スケジュールを確認していた。開店したばかりで、先の予定なんて全く入っていないのに。
「ハインツ様。我々は明日の朝にでも出発できますが、いかがなさいますか?」
ユーリアが尋ねると、ハインツはすぐに頷いた。
「明日の早朝、馬車で迎えにくる」
正確な時刻を口にした後、ハインツは店を出ていった。
◆
「ユーリア、なにも明日にしなくてもよかったじゃん……」
「どうせ仕事はないんだから、早い方がいいでしょ」
「で、でも……」
「それにあの人、かなり切羽詰まってたもの」
言いながら、ユーリアは店の外へ行き、『close』という札をドアにかけた。そのままドアを施錠し、カーテンを閉める。
「開店早々、出張依頼が入ってくるのは予想外だったわね。今日の営業は終わりにして荷造りしましょ」
「……うん」
魔法人形屋『ルクス』は、出張料をもらえば出張依頼にも応じる。ハインツの妻のように、家から出られない人がいることを想定してユーリアが決めた。
客に提供するのは、店主であるフィーネが作った特注の魔法人形である。
人形といっても、見た目は完璧に人だ。体温だってある。けれど食事や排泄はできない。最大の特徴は、一日限り、という点だ。
それ以上はフィーネの魔力が持たないし、『別れをやり直すための一日』を提供するというルクスの目的に反する。
「ねえ、ユーリア」
「なに?」
「……大丈夫なのかな」
「もう! せっかく依頼がきたのに、不安そうな顔ばっかりしないの。俯くと左目まで隠れちゃうじゃない」
「両方隠れてても、別に問題ないんだけど……」
視界が完全に塞がれるわけではないし、魔力を感知すれば人にぶつかることもない。ユーリアに出会う前は元々、前髪で両方の目を隠していたのだ。
「だーめ。せっかく私の髪とおそろいなんだから」
顔を上げて、とユーリアがフィーネの顎を持ち上げた。ユーリアの瞳に、フィーネの桃色の左目が映っている。
「私は信じてるから、フィーネのこと。だから絶対、大丈夫よ」




