第1話 魔法人形屋『ルクス』
「フィーネ、起きて。もう朝よ!」
大声と共に、がばっ、と勢いよく布団をめくられる。窓から差し込む朝日が眩しい。慌てて布団に手を伸ばした手は、呆気なく掴まれてしまった。
「お・は・よ・う。寝坊は駄目って言ったでしょ。もう朝ご飯もできてるのよ?」
「……うう、おはよう、ユーリア」
眠い目をこすりながらなんとか挨拶を返す。するとユーリアは、笑顔でフィーネの頭を撫でた。
ツーサイドアップにした桃色の髪の毛、サファイアのように澄んだ瞳。おまけに声まで可愛いこの美少女はユーリア・フォン・コルネリウス。フィーネの親友である。
「今日は朝からステーキだから、元気出して!」
「……朝からそんなに食べられるかなあ」
「食べられるわよ。フィーネ、いつもたくさん食べるじゃない。それに、いっぱい食べて大きくならないとね」
「私、もう二十二歳なんだけど」
「大丈夫。きっとまだ成長期よ」
「食べるから、あとちょっとだけ寝せて……」
「だーめ!」
腰に手を当てて大声を出すと、ユーリアは片腕でフィーネを荷物のように持ち上げた。
「歩ける、自分で歩くから!」
「私が運んだ方が早いもの」
暴れて落とされるわけにもいかない。フィーネは諦めて、おとなしく運ばれることにした。
姿見に映ったフィーネは、ユーリアにいじられる程度には小柄な身体をしている。
成人女性とは思えない背の低さと華奢な身体。腰まで伸びた白銀の髪には寝癖がついており、前髪で右目が隠れてしまっている。
(こんな私が、今日からは『ルクス』のオーナーだなんて……)
溜息を吐くと、すぐにユーリアが反応した。
「フィーネ。辛気臭い顔してたらお客さんが逃げちゃうわよ。接客中は笑顔を心掛けること!」
「……善処はする、けど……」
再び溜息を吐いたフィーネの不安を吹き飛ばすように、ユーリアはお手本のような笑みを浮かべた。
「さあさあ、食べて食べて!」
居間のテーブルには、先程ユーリアが言っていた通りフィーネの朝食が用意されていた。
焼き立てのパンとバター、それから牛肉のステーキ。ステーキには林檎と蜂蜜をベースに作られたフルーツソースがかけられている。
「パンはおかわりもあるからね」
そう言いながら、ユーリアはフィーネの髪を櫛でとき始めた。その間に、フィーネは急いで食事を腹の中へ詰め込む。
(今日のステーキ、いつものより絶対高い……)
脂がたっぷりとのった牛肉は柔らかく、歯を立てるとあっという間にとろけてしまう。なのに、くどさは全くない。
フルーツソースとの相性も抜群で、いくらでもパンをおかわりできそうだ。
「美味しい?」
「……うん」
「じゃあ大丈夫。美味しい物を美味しいって感じられるうちは平気だから」
「だといいんだけど……」
ユーリアはこう言うものの、フィーネは不安しかない。とはいえいつまでも文句を言うわけにもいかず、無言で朝食を食べ終えたのだった。
◆
現在、フィーネはユーリアと二人で二階建ての家に暮らしている。石造りの立派な家は、ユーリアの希望を聞きつつ、昨年フィーネが注文した物だ。
先月、ようやくこの家が完成した。王都に家を建てるにはそれなりに金がかかり、手元にはほとんど金が残っていない。だから――というわけでもないのだが、ユーリアから熱心に勧められ、フィーネは店を開くことにした。
「お客さんくるかしらね」
楽しそうな声で言いながら、ユーリアが一階のカーテンを開ける。大きな窓から朝日が差し込んで、店内が一気に明るくなった。
(明るすぎる気もするけど、お店としてはこれくらいがちょうどいいんだろうな)
家の二階部分が居住スペースで、一階は店舗だ。二階もユーリアのおかげで綺麗に整理整頓されているが、一階はさらに徹底的に掃除され、塵一つ残っていない。
「……初日からお客さんはこないんじゃないかな。宣伝もあんまりしてないし」
「でも、街中にちらしを貼ったじゃない。中央ギルドにお願いして、各地のギルドにも掲示してもらったし」
「それはそうだけど……」
「大丈夫よ。絶対需要はあるわ。だって、フィーネにしかできないことだもの」
きらきらとした瞳で見つめられると、彼女を騙しているような気分になってしまう。
(ユーリアが思うほど、私には才能がないから)
本当はこんな店を開くつもりもなかった。でも、これ以上彼女をがっかりさせたくない。
「……うん。できる限り、頑張ってみるよ」
◆
「暇ね」
「うん……」
オープンから約二時間。気軽に入るような店ではないから仕方ないものの、来店者ゼロではやることが全くない。
「私、外でちらしでも配ってこようかしら」
「えっ、も、もしユーリアがいない時にお客さんがきたらどうするの?」
「フィーネが接客するのよ。オーナーでしょ」
そんな……とフィーネが絶望しかけた時、チリン、とベルが鳴った。慌てて会話をやめ、入口へ視線を向ける。
中に入ってきたのは、焦げ茶色の髪をした品のいい紳士だった。服装から察するに、かなり身分の高い人間だろう。
「ほらほら、フィーネ、挨拶」
耳元でユーリアが囁く。ユーリアがやってくれればいいのに、と思いながら、フィーネはぎこちない笑みを浮かべた。
「……ようこそ、魔法人形屋『ルクス』へ」




