第19話 ビアンカ、相手して
引きずられるようにして屋敷を出る。
改めて周りを見ると、村のあちこちに『辺境の勇者』の銅像が建てられていた。
どれも彼の死後に建てられたものなのだろうか。
コンラートがあの銅像を見たらどう思うのだろう。
「見なさい」
急に立ち止まると、ビアンカは広場を指差した。
昨日の夕方は特に何もなかったが、今は三人ほど商人が地面に布を広げ、その上に商品を並べている。
一人は干し肉や調味料等の食品、一人は衣類や雑貨類、最後の一人は本とアクセサリー。
「……あれが、どうかしたの?」
様々な場所を旅して回る商人は珍しくない。
魔王討伐前に比べれば、シュネー村を訪れるのは楽だろう。山で魔物に襲われる心配はずいぶんと減ったのだから。
「どうして、こんな田舎町にわざわざ商売にくると思う?」
「たまたま立ち寄ったんじゃないの……?」
「たまたま、あんな山を越えるかしら?」
「でも、魔物が出る可能性は低いし……」
「常人からすれば、あの山を越えるだけで疲れるのよ、体力馬鹿の貴女と違って」
分かってないわね、とビアンカはわざとらしく溜息を吐いた。
(確かに言われてみれば、あんまりメリットはないかも……ついでに観光するような場所があるわけでもないし……)
「村人が依頼してきてもらっているの。一人ひとりがお金を出し合って、その使い道を会議で決めているらしいわ。だからこんな田舎に、あんな本を売りにきているのよ」
風呂敷の上に本を広げている商人に少し近寄る。
どれも基礎的な内容の物だが、魔法書や医学書、学術書、武術書……等、様々な種類の本が並べられていた。
本は比較的高価だし、田舎には文字の読み書きができない者も多いはずなのに。
「小さい村なりにいろいろ考えているのよ。最近は、村独自の奨学金制度もできたらしいわ。王都で学んだ後、ここに戻ってくれば学費が免除されるの」
「……こんな小さな村で、奨学金制度?」
「ええ。それと」
ビアンカは再び歩き始めると、村のはずれにフィーネを誘導した。
畑の傍に、十人近い子供達が集められている。その中心にいるのは二十歳前後の若者二人で、剣の使い方を教えているようだった。
「月に一度、レームブルック伯に仕える護衛がここまできて村の若者に剣術を教えているらしいわ。それ以外の期間は週に一度、ああやって村の若者が子供達に教えているの」
二人の若者の剣さばきは、鍛えられた兵士と比べれば素人なのが丸分かりだ。
しかし、素人なりにきちんと訓練を重ねていることも伝わってくる。
「わたくしも一昨日、頼まれて教えたわ」
ビアンカはいきなりフィーネの背中を突き飛ばした。
バランスを崩したフィーネを心配して、訓練中の子供達が寄ってくる。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
「あ、えっと……ぜっ、全然、大丈夫……」
目を逸らしながら慌てて答える。子供はあまり得意ではないのだ。扱い方が分からないから。
早く退散しようとしたフィーネの肩を押さえつけ、ビアンカが大声で言った。
「みんな! このお姉さんはとっても剣が得意なの。教えてもらったらどうかしら?」
「ちょ、ちょっとビアンカ、勝手に……っ‼」
フィーネが騒いでも、もう遅い。きらきらと瞳を輝かせた子供達に囲まれてしまった。
「お姉ちゃん、強いって本当⁉」
「小さいのに強いの? じゃあ、僕も強くなれる?」
「剣が重たくて上手く動かせないの。どうしたらいい?」
四方八方から喋られると耳を塞ぎたくなってしまう。
しかし、純粋な眼差しを前にすると、拒むこともできない。
(これが大人だったら、すぐに走って逃げるのに……っ‼)
助けを求めるようにビアンカへ視線を向けると、はい、と剣を渡された。
「貸してあげるわ」
「……意地悪」
楽しそうに笑うと、ビアンカは腕を組んで観客に徹し始めた。
(この流れ、断る方が面倒臭くなりそう……)
腹ごなしに少しだけ身体を動かす悪くない、と考えるしかなさそうだ。
(……でも)
受け取ったばかりの剣を、フィーネは強引にビアンカへ返した。
「教えるのは得意じゃないから、実戦を見てもらう。ビアンカ、相手して」
「こっちは毎日鍛えてるんだから、もう負けないわよ」




