第18話 見せたいもの
半分ほど読んだところで、フィーネはそっと日記帳を閉じた。
ページが進むにつれて、文字は汚くなり、ところどころに涙の痕が滲んでいた。
(コンラートはずっと、戦うのを嫌がっていた……)
死にたくない、逃げたい、戦いたくない。
何度もそう書かれていた。たぶん、紛れもない彼の本音だったのだろう。
同時に、逃げられない理由もたくさん書かれていた。
他に戦える人がいないから。
戦わなければやられてしまうから。
村の人が好きだから。
「……辛かっただろうな」
特別な才能があるわけでもないのに、周りから過度に期待され、恐怖と戦い続けた。コンラートの気持ちを全て分かってやることはできないけれど、同情してしまう。
「そんな人を蘇らせて、また戦わせなきゃいけないんだ……」
まるで悪魔の所業ではないか。
戦いを望まぬ人間を蘇らせ、再び魔物と戦わせるなんて。
「フィーネ、そろそろ昼食の時間よ!」
階段の上から声が聞こえてきて、慌てて顔を上げる。
辺境の勇者についての資料を読み込んでいたフィーネと異なり、ユーリアは村の状況を調べに行っていたのだ。
「……うん」
「こんなに寒いのに農作物が育つのが不思議だったけど、長い歴史の中で、品種改良を重ねてきたらしいわ。それと、春は狩りをすることもあるみたい」
村の話をユーリアから聞きつつ、居間へ移動する。
あまり食欲湧かないな、と思いながら扉を開けると、中にいるビアンカと目が合った。
「ビアンカ……?」
「さっき偶然会ったの。フィーネと一緒にお昼ご飯食べたいって言うから連れてきちゃった。私はもう少し農作業を手伝わないといけないから行くわね」
「……農作業? なんで?」
「ここ最近、寒いのと魔物への恐怖で体調を崩す人が多いみたいよ。だから人手不足らしいわ」
状況を説明すると、ユーリアは屋敷を出ていった。
(ユーリアが手伝う理由にはなってないと思うんだけどな……)
彼女らしくはあるが、ビアンカと二人にされたのは気まずい。
「フィーネ」
「……なに?」
「明日、『辺境の勇者』を作るのよね。狙いは『辺境の勇者』が生きていることを魔物に知らせて村を攻撃しないようにすることらしいけど、具体的な作戦は考えてあるの? いつもの雑魚をちょっと追い払うだけじゃ駄目よね」
テーブルの上には焼き立てのパンと美味しそうなシチューが置かれているが、ビアンカは一切そちらへ視線を向けていない。
とりあえずシチューに浸したパンをかじると、ビアンカは溜息を吐いた。
「貴女、もしかしてまだ考えてないの? それとも『辺境の勇者』が使っていた魔法がまだ分からないの?」
「……『辺境の勇者』が使ってた魔法は火属性の基礎魔法だけ」
「はあ⁉」
ビアンカが目を見開いた。無理もない。
世間に知られている話では、『辺境の勇者』は全ての属性の魔法を使えた天才なのだから。
「彼は魔法をちゃんと学んだわけじゃない。もちろん、戦いの中で成長して、独自の戦い方を身につけてはいたみたいだけど」
どうやら彼は人並外れた剣術の才能があったようで、剣術と火属性魔法を巧みに組み合わせて戦っていたらしい。
ただ使えたのは火属性魔法だけで、しかも、魔法単体で戦うことはなかったそうだ。
「ビアンカ。『辺境の勇者』は作られた英雄だったんだ」
黙り込んだビアンカを見ながら食事を進める。彼女も、ゆっくりとパンに手を伸ばした。
◆
「じゃあ貴女は、『辺境の勇者』の伝説にあるように、とにかく派手に魔物を撃退するつもりなのよね?」
「……依頼としては、そうなるね」
「はっきりしない言い方はやめなさいよ」
ビアンカの直接的な物言いは、会話を進める上ではやりやすい。
「……村人が、一人の青年に英雄の役割を押し付けていた。死んでもまたそうされるのが、不憫で……」
本音を口にできたのは、相手がビアンカだったからかもしれない。
能力があるように見えるからと、役割を押し付けられることには慣れているだろうから。
魔王討伐後、急激に魔法軍の戦力が落ちた。魔物との戦がなくなり、皆がろくに訓練をしなくなったからだ。
だがもちろん、中には今まで通り戦っている兵士もいた。
一部の真面目な兵士は仕事を押し付けられ、嫌になって民間へ行った者も少なくないと聞く。
魔法学園時代の演習ですら、真面目にやらない連中は多かった。
「フィーネ」
「なに?」
「貴女に見せたい物があるわ。きなさい」
いきなり立ち上がると、ビアンカはフィーネの手を強く引いた。
「まっ、まだご飯中なんだけど……!」
「パン五個も食べておいてうるさいわね。後で食べなさい」
「うう……」




