第17話 コンラートの日記
「ここには、『辺境の勇者・コンラート』のあらゆる記録が保管されています」
翌日の朝、フィーネ達がルッツに案内されたのは屋敷の地下にある書庫だった。中にはコンラートの写真や、彼に関する伝記が置かれている。
伝記に関しては、魔法学園の図書館でも見たことがある物だった。
「そしてこれが……外部には一切出していない、彼の日記帳です」
茶色い背表紙の分厚い日記帳だ。一ページ目をめくると、直筆の文字が目に入った。線の細い字だ。
『死にたくない』
一行目には、そう書かれていた。
反射的に日記帳を閉じ、顔を上げる。目が合うと、ルッツはフィーネから目を逸らした。
「……世間に知られている『辺境の勇者』は、すごく美化された存在なんです。彼は魔法学園で魔法を学んだわけでも、軍人として戦いを学んだわけでもありません。たまたま少し魔法が使えただけの、腕っぷしの強い若者でした」
辺境の勇者といえば、シュネー村を守った若き英雄だ。
魔物が溢れて各地が襲われ、魔王討伐を進める一方で田舎の守りが手薄になっていた時、地元を守った勇者。
辺境に生まれた才能と勇気のある若者。
半ば伝説のような存在を、フィーネは今まで疑ったことはなかった。
けれど冷静に考えれば、ルッツの説明には納得がいく。
魔法を独学で学ぶことは不可能ではないが、田舎の小さな村には魔法の師匠どころか魔法書さえろくにないだろう。
そんな状況で、体系的に魔法を学べるはずがない。
それに、当時、力を持つ者は必死になって魔法軍が集めていた。どうにかして、魔王を倒す勇者を生み出そうとしていたから。
(魔法軍に勧誘されず、田舎で育ち、魔物と戦っていた若者……)
戦うしかなかったのだ。当時の魔法軍に、田舎の小さな村を守る余力はなかった。
魔物が溢れていた時代、警戒すべきは隣国ではなく魔物で、国境付近の村はおざなりにされていた。
「……ルッツさん」
「はい」
「貴方達が私に作ってほしいのは、コンラートさんですか? それとも、『辺境の勇者』ですか?」
魔法人形は、遺品に残る魂を元に作るもの。
しかし魔法は使えない。フィーネ自身が魔法を使い、人形が魔法を使っているように見せるだけだ。
ルッツは大きく息を吸い込むと、フィーネに深々と頭を下げた。
「お願いします。私達には『辺境の勇者』が必要なのです」
◆
書庫に残されたフィーネは、まず『辺境の勇者』に関する書物を読み漁った。本の種類は多いが、書かれている内容はどれもほとんど同じだ。
辺境の勇者の活躍により、シュネー村の平和が保たれた。
彼は一人で魔物と戦い、村を守り続けた。そして魔王の死後、魔王軍残党である強い魔物と一騎打ちをし、死に至る。
しかし彼の強さに周辺の魔物は怯え、彼の死後もシュネー村は守られた。
(レームブルック伯から聞いた話とも同じ。コンラートの本当の姿は、きっと村の外にはあまり知られてないんだ)
伝記を本棚に戻し、代わりに、彼の日記帳を手に取った。
(私が頼まれたのは、辺境の勇者の魔法人形。だから、日記まで読み込む必要はない、けど……)
魔法人形を消す時、フィーネは彼の魂を完全にこの世から消すことになる。
コンラートのことを知るのは、せめてもの礼儀だ。
『死にたくない。でも、俺が戦わないと。今日はマックスの畑が襲われた。止めに入ったマックスの父親も怪我をしたらしい。支援物資も村までは届けてもらえないから、畑を捨てることはできない』
『初めて魔物を殺した。犬のような見た目をしていた。祖父が飼っていた犬に似ていた。逃げる魔物の背に剣を突き刺した。魔物も血は温かかった』
『魔法で魔物を攻撃してみた。魔法を使いながら動くことができない。魔物の数が増えたら、きっと俺はやられる』
『昼間に魔物が襲ってきた。助けてくれとメラニーに呼ばれた。行くしかなかった。なんとか勝った。大きい魔物がきたらどうしよう』
『魔物に足を噛まれた。いっそ折れていたら、明日は戦わずに済んだのかもしれない』
『この前殺した魔物と同じ種類の魔物がやってきた。もしかしたら恨まれているのかもしれない。仲間を殺した敵だと分かっているのかもしれない。俺は狙われているのかもしれない』
『なんで俺だけ魔法が使えるんだろう。魔法が使えなければ、勇者だなんて言われずに済んだのに』
『逃げ出したい。死にたくない。でも、村のみんなが死ぬのはもっと嫌だ』
『今日、メラニーが死んだ。俺が強ければ、メラニーは死なずに済んだのに。俺は弱い。弱いのに、俺は戦わなきゃいけない。弱いのに。逃げたいのに。ごめん、メラニー。たぶんすぐ俺もそっちに行くから』




