第15話 彼は
「あんな依頼、なんで受けちゃったの……っ⁉」
「受けたものはもう仕方ないわよ。また出張の準備ね」
次は北なんて気分が変わっていいじゃない、とユーリアは鼻歌でも口ずさむような軽やかさで言った。
フィーネが断るつもりだった依頼をユーリアがあっさり了承し、レームブルック伯は笑顔で領地へ戻っていったのだ。
今さら、やっぱり無理です、なんて言えるはずがない。
分かっている。分かっているのだが、納得はいかない。
「……できないよ。『辺境の勇者』を蘇らせるなんて……」
「できるわよ」
「……でも、たった一日だよ。一日復活するだけ」
レームブルック伯は、『辺境の勇者がまだ生きている』と魔物達に勘違いさせたいのだと言っていた。
しかし、たかが一日復活しただけで、魔物達を騙すことができるのだろうか。
「その一日を届けるのが、私達『魔法人形屋』でしょ」
ユーリアはそう断言すると、支度のために二階へ上がってしまった。一人残されたフィーネは、窓ガラスに映った情けない顔の自分を見て溜息を吐く。
「……『辺境の勇者』は、蘇りたいなんて思うのかな」
蘇ってまで、彼は他人を守ることを望むのだろうか。勇者というのは、そういう人物なのだろうか。
◆
「ここから先は、馬車じゃなくて徒歩になるそうよ」
ユーリアにそう告げられたのは、王都を出発してから二日後のことだった。
レームブルック伯領は王国の最北端に位置し、さらに、今回二人が向かうのはレームブルック伯領の中でも最北端にあるシュネー村なのだ。
王都から行くだけでも三日はかかる。
「……しかも山道だよね?」
「もちろん」
馬車を下り、ゆっくりと周囲を見回す。真っ白な雪がどこまでも続いているように見えた。
既にレームブルック伯領には到着している。シュネー村は山を越えた先にあり、この季節、山道を馬車で進むことはできない。
迂回するルートもあるものの、山道を歩く方が早いそうだ。
「行きましょう、フィーネ。村の人達が私達を待ってるわ!」
「……うん」
面倒だが、ここまできて帰るわけにもいかない。
「ねえ、フィーネ」
「なに?」
「雪って、貴女みたいで綺麗ね」
両手で雪をすくい、ほら、とユーリアが目の前に近づけてくる。確かに、髪の色と少し似ているかもしれない。
「依頼が終わったら、帰り道にここで一泊しましょ。温泉宿もあるみたいよ」
「それは……いいね」
「でしょう? これで少しは依頼、やる気になった?」
フィーネの顔を覗き込んで、ユーリアがにっこりと笑う。
「……うん」
昔からユーリアは、こんな風に楽しみを作るのが上手だった。
きつい訓練の後には美味しいアイスクリームを食べようと街へ連れていってくれたし、試験の後の夏期休暇には避暑地への旅行を提案してくれた。
彼女のおかげで、フィーネの人生は楽しくなったのだ。
◆
一日近く歩き続け、ようやく村が見えてきた。かなり疲れているが、これからさらに疲れる依頼があるのだと思うと気が重い。
村の入り口には、立派な像が建てられていた。もちろん、『辺境の勇者』の銅像である。
フィーネの背丈の二倍ほどあろうかという銅像は、もちろん実寸大ではない。
台座には『辺境の勇者コンラート』とだけ刻まれている。
「見て、フィーネ。向こうにも銅像があるわ」
ユーリアが、少し先にある広場の中央を指差した。そこには、同じように銅像が建てられている。おそらくあれも『辺境の勇者』の物だろう。
村のあちこちに彼の銅像が設置されているのかもしれない。
「お待たせして申し訳ありません」
いきなり声をかけられ、慌てて振り向く。立っていたのは腰の曲がった老人だった。
「シュネー村の村長、ルッツと申します。お二人のことは、レームブルック伯からお伺いしております。我が家に客室を用意しておりますので、まずは案内させていただいてもよろしいでしょうか?」
長旅で疲れているフィーネにとって、ルッツの申し出はありがたい。頷いて、家へ案内してもらうことにした。
「小さな村です。ですがレームブルック伯は、このような村も大事にしてくださっているのですよ」
ルッツが言う通り、シュネー村はかなり小規模な村だ。田舎なだけあって畑は広いようだが、民家はそれほど多くない。
(でも、軍事的に見れば、それなりに大事な場所なんだよね)
シュネー村は国の最北端に位置する村であり、山を越えた場所にある。
魔物や他国と争いになった際、山の内側に敵を入れないためには、この村を守り抜く必要があるのだ。
歩いていると、村の子供達とすれ違った。すると、ルッツが足を止めて微笑む。
「子供達が歌っていた曲は、コンラート様を讃えて作られたものなんですよ」
「……そうなんですね」
「ええ。彼らはコンラート様を直接は知りませんが、彼らの親や祖父母はコンラート様に救われています。もちろん、私もその一人ですよ」
村長の屋敷の前にも、コンラートの銅像が建てられていた。大きな剣を手に持っている。
「……そういえば、辺境の勇者の死因はなんだったの?」
尋ねたのはユーリアだ。ルッツはなにかを思い出すように目を閉じ、ゆっくりと息を吸ってから言葉を紡いだ。
「魔物との戦いです。魔王討伐後も少しの間、行き場を失った魔物達がよく人里を襲っていたんですよ」
「書物によると、確か、低級の魔物ばかりだったはずだけど……」
フィーネの記憶によれば、魔王討伐後、上級の魔物は人里に近寄らなくなったはずだ。
魔王の死後暴れていたのは、魔王の死を理解できなかった低級の魔物ばかりだったはず。
「ええ、その通りです」
首を傾げたフィーネに、ルッツは寂しげな表情で応じた。
「辺境の勇者、コンラート。……彼は少し魔法が使えただけの、ただの若者だったんですよ」




