第14話(ビアンカ視点)久しぶりに聞く名前
近年、レームブルック伯領では魔物に農作物を食い荒らされる事件が多発している。
夜間の見回り強化、柵の増設、罠の設置……等、領民達は対策を重ねていたものの、被害は増える一方であった。
そして先日、見張りを務めていた青年が魔物に襲われる事件が起こった。
幸いなことに青年の悲鳴に反応した近隣住民の助けにより、青年は軽傷で済んだ。
だが、魔物が人を襲うようになった、という変化は大きい。領民達は魔物への警戒心を増し、領主を通じて魔法軍北部基地へ助けを求めた。
そこで派遣されたのが、ビアンカ・フォン・ベーレンドルフ。
魔法学園を次席で卒業し、そのまま魔法軍に入り、北部基地所属となった女性である。
彼女にとって、初めて部下を率い、隊長としてあたる任務が、此度のレームブルック伯領からの依頼である。といっても、部下は五人だけだが。
レームブルック伯領にきて三日。領民の代わりに見張りを務め、農作物への被害はなくなった。しかし、いつまでもこの地にとどまるわけにもいかない。
(魔物の親玉を討つ? ううん、無理だわ。このあたりの魔物には親玉なんていないもの)
統率のとれた魔物が領地を襲ってきているわけではなく、個々の魔物が領地を襲うのだ。親玉がいないがゆえに、対応が難しくなってしまっている。
(とにかく近隣の魔物を倒しまくる? 確かにそれは効果的だけど、現実的じゃないわよね)
山に潜伏している魔物の数はそれなりに多い。その全てを倒すのは困難だ。
(自動的かつ永続的に魔物から領地を守る魔法具や結界魔法……ううん、そんなのできたら、誰だって苦労しないわよ)
とはいえ、魔法具の設置についてはもう少し考えてみるべきだろう。ビアンカが繋がりのある魔法商人を思い出していると、部屋の扉が数回ノックされた。
「入りなさい」
「はっ‼」
中へ入ってきたのは、部下のうち、最も若い少女だった。今年魔法学園を卒業したばかりの新入りである。
「ビアンカ隊長に一つ、ご報告がございます」
「なにかしら?」
日中、彼女には領民達への聞き取り調査を行わせている。農作物の被害情報や魔物の目撃情報など、一つでも多くの情報を集めることは大事だから。
「ここ数日、レームブルック伯が王都へ出かけていた理由についてです」
一週間前、レームブルック伯から魔法軍の派遣を求める手紙が届いた。しかし駆けつけた時、彼は領地を留守にしていた。
(特に気にしてなかったけれど、なにか理由があったのね)
そもそも、貴族の中には領地に滅多に帰らず、王都で暮らしている者も多い。レームブルック伯がいないことに対しても違和感は持ってはいなかった。
それに、今回ビアンカ達が対応を依頼された場所はレームブルック伯領の中でも辺境に位置するシュネー村だ。
伯爵とは事務上のやりとりがあるだけで、現地に彼がやってくる必要はない。
「レームブルック伯は我々魔法軍に救助依頼を出しただけでなく、民間の者の力を借りようとしていたそうです」
「民間の?」
昔に比べれば、魔法軍の質は落ちた。悔しいことだが、周知の事実だ。しかし、民間の冒険者や傭兵の力が強まったかと言われれば、それも否である。
「はい。どうやらレームブルック伯は魔法人形屋『ルクス』という店に依頼し、『辺境の勇者』の復活を依頼しに行ったらしいんです」
「……『魔法人形屋』? それに、『辺境の勇者』の復活って、どういうことなの?」
「私も詳しくは分かりません。ですが、『魔法人形屋』の店主は人を一日だけ、蘇らせることができるそうなんです。最近、貴族の間でも噂になっているらしく、レームブルック伯も依頼を決めたそうです。これがその店のちらしで――」
部下が差し出したちらしを、ビアンカは半ば奪い取るように受け取った。
そして、勝ち気な紫色の瞳を大きく見開く。
「フィーネ・フェルナー……?」
そこに書かれていた忌々しい名前は、ビアンカが忘れたくても忘れられない女の名前だった。
常に一番を目指していたビアンカにとって、越えるべき存在であり、最後まで越えられなかった壁。
その名前を久しぶりに見た今、ビアンカに沸いた感情は、安堵だった。




