第2話 わたし、死霊王じゃなかったの!?
頭の中は真っ白だけど、ひとまず落ち着いて考えなきゃ。
わたしの名前がヨルカなのは、たぶん間違いない。
玉座に座らされて骸骨騎士たちにかしずかれているのだから、きっと身分も高いのだろう。
わたしが、この死霊たちを治めていたから?
だとしたら、死霊の国を支配する王様……死霊王だったりして。
だめだ、何ひとつ思い出せない。
だったら、いっそのこと王様らしく振る舞えば、思い出したりしないかな?
たとえば、もう少し堂々と玉座に腰掛けてみるとか。
今のわたしは座っているというより、玉座の上にちょこんと置かれているような感じだ。
王様らしい威厳を見せて、もっとどっしりと座りたい。
そう決意して背筋を伸ばし、ゆったりと背もたれに身を預けようとした、そのときだった。
体がぐらりと傾いた。
背中は背もたれに届かず、わたしはそのまま玉座の上で後ろへひっくり返りかけた。
「ひゃあっ!」
慌てて肘掛けにしがみつき、どうにか玉座から落ちずにすんだ。
「ヨルカ様? いかがなさいましたか」
「な、なんでもないよ?」
すました顔で答えたけど、耳まで熱くなってきた。
もう、恥ずかしい!
あぶなかった……威厳を見せようとして、玉座から転落する王様なんて、さすがに格好がつかないよ!
ひとまず深呼吸して落ち着こう。何事もなかった顔で座り直せば、まだごまかせるはず。
「こほん……お、おはようございます!」
「おはようございます、ヨルカ様。長き祈りの眠りを越え、再びご挨拶できる日が訪れようとは……わたくし、胸がいっぱいでございます」
涙を浮かべて微笑むエリナを見ていると、不思議とわたしの胸まで温かくなった。
相手が骸骨や幽霊でも、これほどわたしの目覚めを喜んでくれるなら、怖がる必要はないのかもしれない。
「わたしが目を覚ますのを、ずっと待っていてくれたんだね」
「もちろんでございます、ヨルカ様!」
骸骨騎士のガルドルフは頭をいっそう深く垂れ、その隣では幽霊侍女のエリナが嬉しそうに目を細めていた。
これが王様というものなのかな。
みんなにかしずかれ、こうして大切にされるのも、案外悪くないかも。
「うむ。大儀である!」
すっかりその気になった途端、王様らしい言葉がするりと口から出てきて、自分でも驚いてしまった。
もしかしてわたし、王様の才能があるんじゃない?
「ヨルカ様。これより我ら一同、骨に刻まれし誓いのもと、御身の盾となり、剣となりましょうぞ」
「……うむ。大儀である!」
骨に誓いを刻むなんて、さすがは骸骨騎士。言うことまで骨っぽいわね!
「申し遅れました。吾輩は、この聖地たる地下大神殿にて、聖騎士団長を務めておりますガルドルフと申します」
ん?
今、なんて言ったの?
ガルドルフの言葉に、思わず首を傾げる。
聖地? それに地下大神殿の聖騎士団長。わたしが思っていた死霊の国とは、ずいぶん違うような気がする。
「う、うむ。大儀である……よね?」
「聖女様、どうか我らにご命令を! 我らが忠義はすべて、聖女ヨルカ様のためにございます!」
待って。
今度は、はっきり聖女って言ったよね?
見渡すかぎり骸骨だらけで、どう見たって死霊の国だよ。そんな場所で立派な玉座に座らされているわたしが聖女だなんて、いくらなんでも無理があるでしょ?
「聖女様、いかがなさいましたか」
やっぱり聖女様って呼ばれてるぅ!
「わたしって、死霊王じゃなかったの!?」
「死霊王ですと……? 今、死霊王と仰せになりましたか」
広間がしんと静まり、ガルドルフは空っぽの眼窩をこちらへ向けたまま、低い声で聞き返した。
まずい。
もしかして、今のは口にしちゃいけないやつだった?
「死霊王とは、なんと素晴らしき王号でございましょう!」
「えっ?」
「なるほど、ヨルカ様。このたびのお目覚めを機に、我らに新たな道をお示しになるおつもりですな!」
ガルドルフは感極まったように胸へ手を当てると、勢いよく立ち上がった。そのまま骸骨たちへ向き直り、剣を抜いて高々と掲げる。
「皆の者! ヨルカ様が、今ここに死霊王を名乗られたぞ!」
最前列の骸骨が、槍の石突きで床をダンッと打ち鳴らした。
ダンッ、ダンッ、ダンッ。
広間に整列した骸骨たちも一斉に剣を構え、床を踏み鳴らす。骨と鎧がぶつかる勇ましい音を響かせ、わたしへの忠誠をこれでもかと示してきた。
「ま、待って」
「なに、ご心配には及びませぬ! 死霊王ヨルカ様の御名のもと、この地下大神殿を我らの門出の地といたしましょうぞ!」
ガルドルフが剣を掲げたまま、骸骨たちへさらなる号令を飛ばすと、広間を揺さぶる轟音が一段と大きくなった。
「ち、違うの! そんなつもりで言ったんじゃなくて」
「さあ、ヨルカ様! 我らに最初のご命令を!」
わたしは玉座からずり落ちそうになりながら、必死に両手をぶんぶん振った。それでも軍勢の轟きは、一向に収まる気配がない。
どうしよう。
話が勝手にとんでもない方向へ転がっていく。
助けを求めて視線をさまよわせると、ようやくエリナと目が合った。
た、たすけてぇ。
情けない顔のまま、エリナへ無言の救援信号を全力で送る。
ついさっきまで必死に取り繕っていた王様らしさなんて、もうどこにも残っていなかった。
「ガルドルフ様。しばしお待ちくださいませ」
「む、エリナ殿。いかがなされた?」
床を踏み鳴らす音が静まる中、エリナは玉座のそばまで歩み寄り、わたしの手をそっと包み込んだ。
「ヨルカ様、恐れながら、ひとつお尋ねしてもよろしいでしょうか」
わたしがすがるように握り返すと、エリナはわずかにためらってから口を開いた。
「ヨルカ様は、ご記憶を失っておられるのではございませんか?」
そう、それ! それなのよぉ!
「うう、エリナぁ……」
分かってもらえたと安心した途端、こらえていた涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。
わたし、思っていたよりもずっと、いっぱいいっぱいだったみたい。
「ごめんなさい! 何も覚えていないのに、王様だとか死霊王だとか、勝手に思い込んじゃって!」
「まさかとは思いましたが……人々のために聖務に励んでおられたヨルカ様が、『大儀である』などとおっしゃるものですから」
うう……完全に調子に乗っていた。
思い返すだけで顔が熱くなり、今すぐ穴を掘って隠れたくなった。
「骸骨や幽霊ばかりに囲まれて、さぞご不安だったことでしょう。けれど、ここにいる者は皆、ヨルカ様を心から大切に思っております。わたくしもおそばにおりますから、焦らず思い出してまいりましょう」
「む? むむ? ヨルカ様は、死霊王をお名乗りになるのでは……?」
広間中の視線が、ゆっくりとガルドルフへ集まっていった。
整列した骸骨たちの前で、ガルドルフだけが剣を掲げたまま、ぽつんと取り残されていた。




