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第四章「記憶の紬」8

 レオンはジェームの格納庫へと向かった。併設された更衣室でパイロット服に着替える。着替え終わって出たところでレオンは足を止めた。レヴィンスが壁にもたれて待っていたのだ。


 すぐ隣は走行レーンで先鋒であるジェームの一団が十機の隊列を成して滑走路へと向かっていく。それを横目に顔を見合わせる。互いに何かを探るような、お互いの真意を見せないような、平静を繕うとする隔て顔。レオンは、悟った。自分の行いによってたった一人の親友を失ったことを。


 レヴィンスは、壁にもたれるのをやめて体をレオンに向ける。


「クレハは助けられたのか?」


「ああ」


「そうか。ならよかった」


 レヴィンスは、内心では怒っているのだろう。なぜ自分を連れて行かなかったのか。クレハを助けたい気持ちは同じなのになぜ一人だけで行ってしまったのか。それを問いただす権利が彼にはあるはずだ。だが、レヴィンスはそれについては何も聞いてこなかった。自分の意図をわかっているのか、それとも訊いても無駄だと諦めているのか、どちらともつかない。


 仕方がなかったのだ。あの時、レヴィンスを置いていかなければ、レフォルヒューマンたちは状況がつかめないままだっただろう。レフォルヒューマンが地上に降り立ってグレイブの殲滅を開始するまでの工程を円滑にするにはそれしかなかった。


 いまさら、話したところで納得はしないだろうがな。


「クレハがこっちに来ないってことは、負傷でもしたのか?」


「たぶん左の鎖骨が折れている。ジェームの操縦はできない。まあ、この状況だと不幸中の幸いだと思うべきなんだろうな」


「そうか」


 レヴィンスは背中を向けた。まだ集まりだしたばかりの兵士の列に重そうな足取りで歩いていく。レオンは黙ったまま、レヴィンスの背後をついた。




 出撃しようと集まった一団。整列した一団の最前列でレヴィンスとレオンは二人、横に並んで士官からの指示を待っていた。


 この時、レヴィンスはレオンがクレハに手を出したことに気が付いていた。顔をあわせたときのレオンの表情は、今まで手に入れることが出来なかったものをやっとの思いで手にしたのに、それを手放さなければならなくなったいう葛藤が滲み出ていた。


 他の隊員と足並みそろえてきたあたり、二人だけになって致す時間はなかっただろう。おおよそ、人目を憚らず、抱きしめたりキスをしたりしたに違いない。本当は二人だけの思い出にとどめておきたかったはずなのに。


 クレハはレオンのことが好きだった。レオンもまたクレハのことが好きだった。親友二人が晴れて結ばれた。


 そして、三人の交友関係は終わった。結ばれた二人とあぶられた自分。もう、今までのようにはいかないだろう。


 ちくしょう。なんでそんなこと今考えるんだ。いまは、任務だけに集中しろ。


 いや、違う。


 もう諦めてしまっているのだ。先に出てった隊は全滅。自分がこれから出撃しても死ぬのだ。どうせ死ぬ。だからどうでも良いことに頭がまわってしまっている。


 ジェームの格納庫からは、整備を済ませた機体一〇機が横一列に並んでいた。本来ジェームというのは自分の機体番号がふられ、その機体以外には乗ることがない。だが、いまは四の五の言っていられる状況ではない。


 レオンと顔をあわせるのは、今このタイミングで最後だ。なのに、自分はどんな顔をレオンに向けている。きっと軽蔑の眼差しを向けていたに違いない。そんな最後は絶対駄目なのに。


 突然、士官がバインダーを片手に声を張り上げた。


「一〇機が準備できた。これから前の方の十人に所属都市と名前を訊いていく。答えた者からジェームに乗りこんでくれ」


 一応は記録を残しておくということなのか。士官が最前列の左から一人一人訊いて回る。レヴィンスは順番を数える。レヴィンスが九番目でレオンが十番目だった。先に答えた者は、次々にジェームに乗りこんでいく。遠くのジェームから埋まってゆく。


 レヴィンスも都市と名前を訊かれた。答えた後、残ったジェームに向かって駆け足で向かう。


 レオンも遅れて近づいてくる。残りのジェームは、レオンから見て一番手前。


もう話すチャンスはないか。諦めて、レヴィンスは先にジェームに乗りこもうと梯子に手をかけた。ちらりとレオンの方を見る。


 レオンは思いがけないことをしていた。レオンは、手前のジェームを通り過ぎてレヴィンスのところまでかけてくる。


 軍人としての統率のない行動にレヴィンスは唖然とした。


「何をしてるんだ? お前」


「レヴィンス。それは俺の機体番号だぞ」


 機尾に目をやる。機体番号三十一。確かにレオンがこの間の選抜試験で勝ち取った数字と同じだった。たまたまなのか。偶然グランツェ基地にレオンのと同じ番号の機体があったのか。


「そいつには、俺が乗る」


 レオンは、レヴィンスが乗ることを妨げるように、横から梯子に手をかけた。レヴィンスは疑問に思った。レオンは、こんな緊急時に乗る機体の番号を気にするような男ではない。そんな自分勝手なやつだったら、今まで交友関係は腐れ縁でも続いていなかっただろう。


 まさか、意図的に……。最後だから話をするために。


 レオンと至近距離で見つめあった。その顔は悲壮に歪みつつも、確かな闘志をやどして。


「レヴィンス。お前は死ぬなよ。俺はもう、誰も失いたくない。お前もクレハも生き残ってくれ」


「なに言ってやがる。お前も死ぬんじゃ……」


「どうだかな」


 レオンは、暗くしけた顔をした。レヴィンスはレオンの肩を掴む。


「許さねえからな。クレハとすることしておいて、さっさと先に逝っちまったら」


 レオンは驚いたように目を見張った。


「お前、見ていたのか」


「ばーか。おめえらのことはお見通しだよ。何年の付き合いだと思ってんだ」


 すぐに搭乗しなかったせいだろう。士官が怒鳴り声をあげた。


「そこ! 何をもたもたしている!」


 レオンは一度士官の方に目を向ける。しかし、すぐにレヴィンスに目を戻すと穏やかに笑った。


「じゃあ、また生きてここで会おうな」


「おう」


 レヴィンスはレオンと拳を打ち合わせると、急いで隣の機体に向かった。

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