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第四章「記憶の紬」7

 迎えの輸送ヘリは、クレハとレオンを乗せて基地へ向かって飛んでいる。途中で四人拾ったので、機内にいるのはクレハとレオン以外では、操縦士含む五人だ。クレハとレオンは、最後尾の席に身を寄せて座っていた。 


 クレハがレオンと離れて座ることが出来なかったのは、妙な胸騒ぎがあったからだ。異常事態の連続。また予想できる範疇の外の出来事が起こるかもしれない。もしかしたら、今度はレオンが——。


 言うべきことは、今のうちに言っておこう。


「レオン。来てくれてありがとう」


 レオンは、ああ、とだけ呟いた。そっと肩に腕を回して抱き寄せてくれた。


(私は、負傷兵だから出撃することはないと思う。でも、レオンは違う。おそらく、基地に戻り次第……)


 


 辺りを飛び回り機内を救護者でいっぱいにしたヘリは、急上昇を始めた。周りのビルよりもはるかに高い位置まで上がる。シェルターの天蓋が近づき、地上の空っぽの建物が窓の景色から消える。そして、都市の外までがはっきりと見通せるようになった。


 ふと外に目をやったクレハは、体を硬直させた。都市の外で巨大な物体がうごめきながら向かってきている。


 蛇のように長い胴体。しかし、そこにはおぞましい数の節足がついていた。胴体は暗黒を思わせる黒で、頭部は、血のような禍々しい赤。


 クレハは、その名を呟いていた。


「ギガセンテ……」


 その声を聞いてレオンも外を眺める。


 ギガセンテの背中から何かが撃ちあがった。最初は、ミサイルでも放ったのだろうかと思ったのだが、撃ちあげられたそれは、巨大な羽をはためかせ、急速接近してくる。


 フォーグルだ。まっすぐ、オゼインシェルターを突き破る勢いで突っ込んでくる。あと二秒でフォーグルがシェルターと接触するというタイミングで何かが視界にカットインしてきた。その何かがフォーグルと接触して爆ぜた。黒煙を吹き上げてフォーグルと一帯となって落下していく。形成していた装甲の破片がばらばらとまき散らされ、空に黒の柱が立った。


 何がフォーグルと接触したのか気づいたとき、クレハは息を呑んだ。それは、これからレオンたちが乗ろうとしている戦闘機だった。


 機内は騒然とした。当然だろう。自分たちが集められている理由が、目の前で披露されたのだから。


 クレハは、レオンの方を見やる。レオンの拳は膝の上できつく握られていた。きっと二年前の復讐心を再燃させたに違いない。


 クレハは、レオンの拳にそっと手を置いた。落ち着いて欲しかった。戦場では平静を失った人から消えていく。レオンがその一人にならないように、クレハは祈るような気持ちでレオンの拳に右手を重ね、痛くて動かしづらい左手も重ねた。やがて、レオンの拳が解かれて、目に溜まった憎悪もひいた。クレハは、まっすぐレオンの目を見つめた。


「ありがとう。クレハ……」


 クレハは、首を横にふることしかできなかった。


「俺……、戦うよ。さっきの人みたいに……」


「言わないで」


 さっきの人みたいに死ぬとしてもなんて言って欲しくない。聞きたくない。


 特攻したジェームは、そうせざるをえなかったから特攻した。ミサイルは避けられる可能性が高いせいで、撃ち込めなかったのだ。フォーグルの後ろには守るべきシェルターがあったのだから。無闇に撃つことが出来ず、確実に心中させる方を選んだのだろう。たとえ命を引き換えにしても。


 だが、格納されているフォーグルが一機だという確証がどこにあるだろうか。そんなのどこにもない。一機を堕としたとしても、また次のフォーグルが出て来るにきまっている。


 ギガセンテの大きさはクレハの想像を絶するものだった。故郷であるエーデルで見た姿は、とにかく大きな、まるでビルがそのまま動いているような大きさを想起させた。だけど今回陽の光の下で見た姿はそれよりもはるかに大きい。小山が三つ四つと連なったぐらいの大きさがあった。都市を瞬く間に下敷きにして、破滅させるだけの巨体だ。あの中にどれだけの武器がしまわれているのか、まったく予測ができない。


 ジェームによる特攻によってフォーグルの侵攻は防がれた。だが、シェルターの外の戦闘は一方的殺戮に終わる。火炎の花があちこちで咲き乱れ、散った。ギガセンテは内部に他の機械獣を格納しているだけでなく、ミサイルも格納していたのだ。トリムアイズを外に放ち、ジェームが対応に狼狽している隙をついて、ミサイルで撃ち落す。


 ヘリはその結末を見せつけるように飛行して基地に着陸した。ヘリを降りた時点でクレハは生きた心地がしなかった。これから、レオンたちが背負う運命、いや、全滅したら負傷兵である自分もその運命をたどるかもしれない。でもそんなことはどうでもよかった。運命が私をレオンから引きはがそうとしている。そんなの絶対嫌だった。


 ヘリの離発着場では既に教官が待機していて、枯れかけの声で指示を飛ばしている。どうやら、既に五隊迎撃に出たらしい。


 教官の数も訓練が始まる前よりか、だいぶ減ってしまっていた。彼らも何人か出撃したのだろう。状況はもうそこまで来てしまっていた。現役の軍人がいたというのに、退役した人が戦場に赴かなければいけないという状況。街を守るためには、自分たち学生兵も出ないといけない状況。もう後がない。敗北が極めて近い絶望的状況だ。


 クレハには教官の指示が聞こえていなかった。ただ、レオンと離れてしまわないようにその手だけはしっかりと握っていた。レオンがクレハの腕を引いて歩き始める。 


 彼が死の世界に逝ってしまうと思ってその手を引き留めてしまった。


「クレハ……」


 振り返り穏やかな顔を向けるレオン。クレハは何も言えず、俯いた。


 すると、レオンは突然クレハをぎゅっと抱きしめた。一瞬だけ逃れようとした。だけど、すぐに受け入れた。これが最後だと思ったからだ。


 レオンの腕が解かれたと思ったら、いきなり唇がふさがれた。一瞬で互いの熱が溶け合い、高揚した。そして涙が溢れ出してきた。


 互いの唇が離れて、見つめあった。哀愁漂うレオンの表情が、言葉を噛み締める。


「クレハ、愛してる。だから生きてくれ」


『私も愛してる』


 そう返す前にレオンは踵を返して行ってしまった。


 遠ざかっていく背中を涙で霞む視界で懸命に追った。それをいつまで続けていたのかもわからない。気がついたら、医療テントの中にいて、手当てを受けていた。応急処置が済んだ後は安静にするため、集患用のテントの椅子に座っていた。


 それからは止まった時の中にいるような感覚だった。

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