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第四章「記憶の紬」9

 数奇な偶然のおかげでレオンとの関係が壊れずに済んだ。レヴィンスにまわってきた機体がたまたまレオンと同じ機体番号だった。運命が、レオンとの関係を繋ぎとめようとしてくれたのだろうか。


「神様もたまには役立ってくれんだな」


 これなら戻らない理由を考える必要なんてないか。


 レヴィンスは、コックピットから天を仰いだ。透明な天蓋より、はるか高みから御天道様が見下ろしている。どんな過酷な世界であっても平等に光を照らす存在。


 二百年前の人たちはこの光をどんな目で見ていたのだろう。


 外に目をやれば、同時に出撃する十機のジェーム。隊長などというまとめ役はいなくて、所属都市も違えば、まだ軍隊に入隊する前の学生兵が半分を占めるという寄せ集めのチームだ。


 隊をまとめるのは管制塔にいる管制官。おそらく、士官クラスの人間も近くにいるだろう。


 この隊で生き残るのはほぼ不可能。戦場の実態を知らない指揮官。戦場に出向けば統率などなくなる。まるで、都市に住まう住民に示しをつけるためのパフォーマンスを実行させようとしているようにも見える。


 だがな、無駄死になんて御免なんだよ。絶対生き残ってやる。


 管制官からの指示がとび、ジェームの一隊は移動を開始する。一列を作って走行レーンに侵入すると滑走路の端へと向かう。


 最初の一機が滑走路へ侵入して停止した。それを見て周りの機体も停止した。





 飛びたつ順番を待っている間、レオンは、飛行場の外を眺めていた。外の訓練用の広場では多くのテントが設立されている。そこにいるであろうクレハを探して……。自分が初めて愛し、最後に愛した人のことを思って。


 レヴィンスには、ああ言ったが、レオンは生還できるとは思っていなかった。ギガセンテは命を賭して追い返せるかどうかという兵器だ。生きて帰ろうなんて甘すぎる。そんな覚悟では愛する人を救えない。


 ここで追い返せなければ、まちがいなくギガセンテはグランツェを蹂躙するだろう。クレハは、逃げることすら叶わず死ぬ。そんなこと絶対に起こさせない。たとえ、命を失おうとも。


 前のジェームが次々に飛びたつ。ついにレオンの順番が回ってきてしまった。もう行くしかない。ここから必要なのは全てを捨て去る覚悟のみ。


「三十一番。電気走行モード解除。キニスゲイアの流動を確認。離陸準備完了した」


『三十一番、了解した。健闘を祈る』


 スラスターを作動させ、機体がゆっくりと進み始める。スラストレバーを一気に倒し、急加速。レオンは飛びたった。


 




 シェルターの外に出てから、先に出た機体と合流して、すぐに進路を南へ向ける。 その段階でギガセンテの姿は大きく見えていた。傍らに項垂れて制止しているトリムアイズの姿。どうやら、前の隊がたおしておいてくれたらしい。しかし、残った機体の姿はない。


 前に出た隊はギガセンテの討伐は愚か、追い返すこともできず、全滅したのだろう。その現実を突きつけられて、レヴィンスは奥歯を嚙み締めた。全身が嘘のように硬直し、離陸前に感じていた高揚感はどこかへ消え去ってしまった。


 絶対的脅威を前に、気持ちの持ちようなど無意味だと神に告げられているかのような気分だった。


 そのまま、圧倒的絶望感を胸にギガセンテへ接近する。思ったとおり、隊は統率を失った。


 どこへ攻撃すれば有効なのか全く知らないパイロットたちは、いたずらにミサイルを飛ばした。一部は頭部へ直撃し、それ以外は体のあちこちにあたった。胴体上部、側面、そして、節足。胴体にあたったミサイルは装甲を破損させた。節足にあたったミサイルは、当たった個所から先を欠損させた。しかし、それだけだった。ギガセンテの胴体は、何重にも装甲が貼られているのだろう。内部への中枢機器へダメージが入ったようには見えない。そして節足も何十本とあるうちの二、三本失った程度では、どうってことない。そして頭部に関しては無傷だった。禍々しい血の色をした赤は、変形するどころか、変色すらしていない。攻撃を受ける前と全く同じ状態を保っている。


 そして、今度はギガセンテの攻撃が始まった。最も頭部に近い体節の背中から五本ものミサイルが撃ちあがる。白い煙を吐き出すその円筒は、上空で飛び交うジェームに襲いかかる。ジェームの機動力をもってしてもミサイルを躱すことは出来なかった。ミサイル自体をAIがコントロールしているのか、一度避けたとしても、折り返してきて追尾してくる。避けられる者はいなかった。五本のミサイルは、きっちり五機のジェームを落とした。そして、今度はサイドからミサイルが発射される。二発だった。一本は仲間の機体へ、そしてもう一本は、自分の方へ。


 レヴィンスは、機体を切り返した。急速に機体の向きを幾度と変え、迫るミサイルを振り切ろうとする。しかしすぐに追いつかれる。ピピピっとレーダー感知音。戦闘機パイロットにとっての死の宣告だ。もう駄目だと、思った矢先、後方で火炎の華が咲いた。


 後方の爆炎を突っ切るように、一機のジェームが上昇していった。機体番号三十一番。レオンの機体だ。機銃によって、ミサイルを迎撃したのだ。


 一瞬の間でだいぶ高いところまで昇ってしまったレオンの機体は、レヴィンスの目には太陽の中にいるように見えた。


 周りから羨望の眼差しを注がれるほどの操縦技術。誰もが不可能と考えることを飄々とやってのけてしまう。それがレオン・ファーベルクだった。




 レオンはレヴィンスの機体に迫るミサイルを迎撃し、そのままの勢いで上昇してきた。その高みからギガセンテを見下ろす。


 奴は、上からも横からもミサイルを撃ってきた。上にいても下にいても同じ。どこにいてもターゲットにされることに変わりない。どこに位置をとろうと、死ぬときは死ぬ。


 これは、なるべく早くおわらせないといけないな。長引けば長引くほど、犠牲者が増え、攻撃のチャンスすらも消されてしまう。


 レオンは、機体をするりと下げる。ギガセンテから少し離れるように飛び、そして大きく旋回する。機首をギガセンテの側面へと向け、速度を上げた。


 攻撃方法を機銃モードからミサイルモードに変更。ロックオン機能も切っておく。的が大きすぎて意味がないからだ。狙うは一点。ミサイルの射出口。位置はさっきの攻撃で覚えた。


 機体のコントロールだけで、そこを狙いに行く。そして、自分は死ぬだろう。接近してきた羽虫をやつが逃すわけないのだ。攻撃を仕掛けた自分はミサイルの標的にされて死ぬ。


 悪いな。俺は、自分が死ぬよりもクレハが死ぬことの方が、レヴィンスが死ぬことの方が嫌なんだ。だからこの隊で終わらせる。レヴィンスを死なせることも、負傷したクレハが出撃することがないように。


(よう。俺の故郷を潰したでか物。何の存在意義も残せない屑鉄が、いまから大穴あけてやっからな)


 どんどん近くなるギガセンテ。レオンはミサイル発射スイッチに指をかけた。

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