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第四章「記憶の紬」3

 グランツェから南方約二〇キロメートル地点にあるレーダ塔がうごめく物体を感知した。


 グランツェ軍基地の士官たちは、大型機械獣が接近しつつあるとして、無人偵察機を送った。それと同時にレフォルヒューマンの出撃準備も進めた。


 しかし、偵察機の映像を確認した士官たちは絶句した。その大型機械獣は、レフォルヒューマンが相手をするには、あまりに巨大すぎたからだ。




 ◇




 グレイブの最初の一体がレオンたちを襲撃してから三十分は経過した。未だに通信は回復せず、戦況がまったくつかめない状況だ。


 レオンたちは見通しの良い通りを出来るだけ避けて、移動していた。移動といっても、いまごろ制圧部隊が編成されているであろうグランツェの軍基地に向かってではない。軍基地は、ヴォイドシティの中にあるとはいえ、ここから五キロは離れているのだ。機械獣の死線をくぐりぬけて、そこまでたどり着けるとは到底思えない。当分の優先事項は周辺の生き残った部隊と合流し、少しでも生存率を上げること。運が良ければクレハと合流できるかもしれない。グレイブの討伐を考えるのは、ジャミングが解除されて討伐隊と合流出来てからでいい。


 しかし、ビル群の中を闇雲に歩き回っても仲間部隊との合流は叶わなかった。時折、グレイブの姿を確認するたびに、気づかれないうちに引き返しては別ルートを散策し、結局また別のグレイブを発見して戻るを繰り返していたのである。


 だが、一つ収穫もあった。


 レオンとレヴィンスが、二棟のビルがつくる狭い隙間道を歩いていたところだった。道の先に片側三車線の大通りが横たわっているのが見えた。さらにその奥は開けているようで下に芝生が敷かれているのが見えた。位置はヴォイドシティーのちょうど中心。中央広場なのだろう。ジャミングするにはうってつけの場所だった。


 レオンはビルの影から出ないように大通りに近づく。


 ちょうどよく設置されたダストボックスの影に身を隠し広場を伺う。


 広場には五機のグレイブがいた。警戒するようにうろつき、時折あたりを見回すしぐさを見せる。


 そして、レオンの目は広場の中心へと向いた。そこには、小型ドローンのような機械獣がぽつんと鎮座しているのが見えた。二枚貝の貝殻のような羽が二本、胴体はキューブ型で、アンテナを何本も立たせている。見た目からしてもジャミングをしているのは明白だ。


 だが、周りを五匹のグレイブが警戒しているため近づくことは出来ない。


 何もできないと判断して、レオンとレヴィンスは路地裏に戻ってきた。敵の妨害装置を前に手も足も出ない状況にレヴィンスが憤る。


「これからどうするんだよ? さっきのあいつがジャミングしているのは明らかじゃねえか」


「あの状況じゃ破壊はできないな。こっちは拳銃二丁。むこうは五機の機銃。話にならない」


「ビル群の影から狙撃できないかね。レオンの腕ならできそうだが」


「無茶言わないでくれ。そもそもコアの位置も中枢機器が収まっている位置も装甲の強度もなにもかも分かってないのに、貫徹力の低い拳銃で撃ち抜いて破壊するなんて無理だ」


 そもそも、グレイブに気づかれずらいビルの影から、さっきのジャミングをしているであろうキューブ型の機械獣までの距離はおおよそ百メートル。スコープのない拳銃で正確な狙いをつけること自体が難しい。


「下手に戦っても犬死する可能性が高い。それよりも応援を待った方がいい。グレイブが現れてからだいぶ時間が経った。そろそろレフォルヒューマン部隊が動き出しているはずだ」


 そう言った矢先だった。プロペラの音がビルに反響する。頭上、一機のヘリが横切った。鈍色の防弾アーマーを纏ったレフォルヒューマンの輸送ヘリ。大型水平ローターを二つ搭載したツインローターヘリは、救世主のブレードスラップ音を奏でながら広場へ近づいていく。


 レオンは、喜びと一緒に懸念を抱いていた。


 彼らは、あの広場にグレイブが待機していることを知っているのだろうか。


 いや、知っているわけがない。ジャミングされている以上、戦況を知らせる手段はない。あのヘリは着陸場所としてあの広場を選んだにすぎないのだ。


「いくぞ、レヴィンス」


「なに言ってんだよ。あいつらレフォルヒューマンだろ。俺たちがもう戦う必要ないって」


「ちがう。お前も、広場を見ただろ。あのヘリにのってるやつらは、広場があんなことになっているなんて知らない。あのヘリは着陸できる場所があの広場しかないから近づいているんだ」


「でもよ、そしたらビルの屋上に降りればいいんじゃね」


「都市内で屋上にヘリが着陸することを想定して建てられた建物なんてないだろ」


「じゃあ、あの広場に着陸できるようにしないと……」


「援軍は来ない。俺たちも助からないだろう」




 レオンはレヴィンスを連れて広場の見える位置まで戻ってきた。駆け足で戻ったにも関わらず、事はすでに起こっていた。グレイブ全機がある一方向を向いている。北のビルの上。その先からヘリのブレードスラップ音が聞こえてくることから、レフォルヒューマンの輸送機はビルの影になる位置で滞空しているのだろう。


 時折、ちらっと姿を現すもグレイブに機銃を撃たれてすぐに退避してしまう。グレイブの視線はヘリの音の方に集まっていて、ヘリが広場に入れる隙がまったくない。


 レオンは、グレイブの気をひく方法を考えた。


 グレイブはまるで個々に持ち場を振られているかのように分散している。手前側の一匹に銃弾を撃ち込めば、他の機もこっちに向くだろうか。


 いや、それはない。


 彼らにとって最大の脅威はレフォルヒューマンを乗せたヘリだ。警戒の優先度はヘリの方が高い。簡単に殺すことができる人間二人が、たかが拳銃なんかで一匹を撃ったところで他四機の気をひくことは難しいだろう。ほかに方法はないか。


 彼らは高度なAIを搭載している。人間と同じように嫌なことをされたら自然と視線がそっちに向くのではないか。彼らが嫌だと思うことはなにか。それは、彼らの目的の妨害。


 ふと、広場の真ん中に目をやる。そこには奇怪な機械獣がいる。なにをモチーフにしたのかもわからないキューブ型に虫のような羽が生えたそれは、身動き一つせずに佇んでいる。


 拳銃でも当てられるのではないか、とレオンは思った。ジャミングをしているキューブ型の機械獣は、レオンが広場の様子を見に来てから全くと言っていいほど動いていない。百メートルくらい離れているとはいえ、弾丸を命中させることだけなら、そう難しくないはず。


 話を戻そう。いま広場を占拠しているグレイブの最大にして最優先となる目的はジャミング装置であるキューブ型の護衛だ。その護衛対象が全く意識していなかったところから銃弾をくらえばどうなるか。グレイブたちはキューブの物理的保護と攻撃してきた敵の位置の特定を優先しなくてはならなくなる。


 何機がガードにまわって、何機を危険因子の特定にさくのか。そして、残り何機でヘリの警戒をするのか。そんな複雑な思考が人工知能である彼らに瞬時にできるはずがない。


 彼らの思考は至ってシンプルだ。優先事項一つの対処のみ。彼らの思考方法は、『こうなったらこうする』だけで、『これをしていたけど、別の問題が生じたから、両方に意識を向けて処理をする』みたいな複雑な思考は出来ないようになっている。


 つまり、キューブ型に攻撃を仕掛けた時点でグレイブの最優先事項は、キューブ型の物理的保護と危険因子の排除に切り替わる。


 ——いける。


 問題は、確実に機銃の一斉射撃をくらうというところだ。残念なことに身を隠せるところは、目の前のダストボックスしかない。当然、人が生活しないので中は空っぽだ。厚さ五ミリにも満たない鉄板で四方を囲っただけの箱の影に隠れてどれだけ防げるか。掃射されたら間違いなく蜂の巣だ。彼らにまったく姿を見られないことが求められる。


 だが、残念なことに、グレイブはサーモグラフィックカメラも内蔵している。熱源をたどられてしまうから、見つけられるまえにレフォルヒューマンたちが制圧してくれることを願うしかない。


(成功する確率は五分五分といったところか……)


 レオンは、レヴィンスに考えを説明した。彼は、レオンの話に頷くだけで静かに聞いていた。


「……レヴィンス。俺はいまからあの四角野郎を撃ち抜く。たぶんすぐグレイブが向かってくるだろう。その前にあのヘリに乗っているレフォルヒュ―マンが、グレイブを殲滅してくれなければ俺たちは死ぬ。レヴィンス。死にたくなかったら一人で戻れ」


 路地裏なら姿を隠せられる場所がいくらでもあるだろう。鉄製のダストボックスもそうだが、鍵のかかっていない扉なんていくらでもある。建物の中に入って救援が来るのを待つことだってできるはずだ。


 だが、レヴィンスは首を縦に振らなかった。レヴィンスは呆れたようにため息をつくと、レオンの肩に手をかける。


「いまさら、逃げるわけねえだろ。おまえ、俺だって軍人になりたくてここにいるんだぜ。そんなみっともない真似出来るわけねえだろ。それとも、あれか。お前は俺に怖くて戦線から離脱した腰抜け野郎の汚名を着せたいのか。それはいい趣味じゃねえな」


 レヴィンスは笑いながら言った。


「覚悟はできているんだな?」


「おお。当たり前だ。いつでもいい。タイミングはお前に任せる」

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