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第二章「飛行の果てに」4

 ギゼル砲台基地。パウロから南西方向にある迎撃用の砲台基地だ。ただし、オゼインシェルターがないため、入れるのはパワースーツを着込んだレフォルヒューマンか、防護服を着た人間のみである。


 今回使用する武器はレールガン。駆動力が電磁気力の長距離狙撃砲台だ。二本の電極棒に強力な電流を流し、その間に発生する電磁力によって弾を加速させ発射する。弾速は秒速三キロメートル。時速換算で一万キロメートルを超える。現存する兵器の中では最速だ。


 ユーインは輸送機から滑走路に降り立つと真っ先にレールガンへと向かう。鈍色の砲身は空の彼方をさしていた。視覚映像の画面越しとはいえ、空は広大で青く澄んでいるのがわかった。この空への憧れはあいつも持っていただろうに。


 ユーインは操縦席に乗り込み、照準を狙撃ポイントに合わせた。




 飛行を開始して一〇分程度。テオを含む航空隊は、目標の姿をとらえた。幼い頃、古生物の図鑑で見た翼竜とそのままのフォルム。エネルギーを温存していたのかフォーグルは地に降りてじっと固まっていた。


 ——が、ジェームの飛行音が聞こえたのか巨大な頭がこちらを向く。翼長十八メートルある巨大な翼が羽ばたき、それと同時に翼自体が白く発光する。スラスターが作動したのだ。 


 浮上したフォーグルはまっすぐ航空隊の隊列に向かって飛んでくる。


 まとまって飛んでいた航空隊は散開し、各々が巨体の体当たりにそなえた。すべての機体が、向かってくるフォーグルから離れるように飛び、体当たりを待逃れる。


 しかし、巨体が高速で移動すれば気流が発生する。巨体の後方で、全てを巻き取るように発生した空気の渦に一機が吸い寄せられ機体がめくれあがった。


「キャメロン!」


 テオは機体を旋回させながら、落ちてく機体を見やった。機体の外でパラシュートが開いている。どうやら脱出は成功したらしい。


 テオはフォーグルの追尾を開始する。ジェームの機銃射程に入るか入らないかの距離。  


 フォーグルは応戦する気はないらしく、西へと逃げている。流石に四機のジェームとはやり合いたくないようだ。


 だが、逃さない。フォーグルの飛行速度は、音速を超えない域だ。近づくことはもちろん、接近することができたら迎撃だって可能だ。


 テオは機体を加速させる。フォーグルの姿がみるみる大きくなる。テオは、操縦桿の機銃発射スイッチを押し込んだ。


 機銃の掃射。


 機体先頭についた二本の機銃が火を吹いて、二列の銃弾の隊列がフォーグルに飛来する。


 しかし、弾はあたらない。フォーグルは突如、羽ばたいた。ただ、滑空するだけだったフォーグルがいきなり浮上し、機体の角度を上げて急上昇を開始する。


 瞬く間に高度を上げていくフォーグル。しかも飛行路が北へとずれていた。


テオも機体を上げて追尾する。


 ——逃さない。


 蒼穹の彼方へと向かっていく銀色の翼竜をテオは追う。フォーグルの通った軌道上をぴったりなぞる。


 飛行速度ではジェームの方が圧倒的に上だ。追いつくことも容易だろうし、もしかしたら航空隊だけで討伐も可能かもしれない。そんな些末な思いがテオを狂わせ始めていた。


 テオは、機体をさらに加速させた。スラスターの出力を最大にして、機銃の射程まで接近する。


 テオのジェームが火花を散らして弾丸を吹き上げた。それに対して、フォーグルは体をくねらせて、弾をかわす。


 フォーグルは、身をひるがえしてこちらを向くと、巨大なくちばしを開いた。フォーグルの喉の奥から火花が散った。


 ——やはり、改造されていたか。


 最初は武器を見せず、こちらが近づいたところを返り討ちにするつもりだったのだ。


 フォーグルから飛来する弾丸。テそらす。


 弾はテオの機体をかすめ、その後ろを飛んでいた機体に直撃。炎を上げながら仲間の機体が落ちていく。だが、それに目をくれている余裕はない。


 フォーグルから攻撃をされたということは、ターゲットを取られたということ。他の機械獣と同様にターゲットを破壊、あるいはターゲットが止まるまで、フォーグルはテオの機体を追い続ける。


 フォーグルの攻撃によってちりじりに散開したジェームはすぐさまギゼル砲台基地に進路を向け飛行を開始した。フォーグルも追ってくる。


「フォーグルが機銃を搭載しているのを確認した。直ちに作戦段階を進める」


 了解したという管制官からの返事は、テオには聞こえていなかった。


 フォーグルの正面を飛ぶ。常に後ろを警戒しながら飛ぶのはかなり神経を消耗する。ほぼすべての神経を後方に向け、わずかな意識だけで機体を目標ポイントに向けて進める。頭の中が沸騰しているようだった。


 


    *




 迎撃予定時刻の到達予測ポイントは常に移動する。


 彼ら航空隊が取得した座標と移動推移からA Iが予測計算してくれる。その予測は常に変化するものだが、大まかなものさえわかればある程度技術で対応できる。いくらすばしっこいフォーグルでも実態を持つ金属の塊である以上、瞬間移動なんてものは使えなくて、その動きは視覚で捉えることが必ずできるのだ。レフォルヒューマンに狙撃ができないものはない。必ず屠る。ユーインは、来る瞬間を待ち続ける。




    *


 


 あと、二分もしないで狙撃ポイントに到着するという位置だった。フォーグルは執拗にテオの機体を追ってくる。


 最初は自分たちだけで倒せるのではないかと幻想を抱いていた。しかし、現実に自分たちの背中をぴったりついてくる機械の翼竜は、いままで搭載されてこなかった機銃を嘴の中に隠していた。むやみに接近するのは、自分たちの生存確率を下げるだけで何もいいことがない。それに他にも何か備えているかもしれない。自分たちの知らない武器をその鋼鉄の体躯のなかに隠し持って、命を刈り取る瞬間を待っている可能性だってある。最近の機械獣の改良具合は異常だ。人間が持つあらゆる兵器を対策してくる。


 もう人だけで戦える段階はおわったか……。


 だが、そうなった場合、自分たちの立場は、ますます狭くなる。


 ちくりと胸の奥が痛んだ。


 テオは、最近航空隊へ軍費があまり流れていないことを知っていた。その流れてこない分がレフォルヒューマンに流れていることも知っている。


 彼らの並外れた身体能力。人の十倍以上も巨大な機械獣を一人で倒してしまうほどの戦闘力があるのだから、予算をそちらに回すのは都市としては当然のことである。


だけど、そしたら自分達の存在意義はなんなのか。


 わざわざ、軍大学に入学して、血反吐の出る訓練を毎日して、卒業までに何人もの仲間を失って、やっと掴んだ航空隊という勲章は一体なんの意義があるというのだ。 


 全てはこの空を舞うため。シェルターの外のどこまでも続く青を取り戻すため。


 最初は……、レオンと同じ……。


 でも、今は違う。憎き機械獣を排除するため。故郷を奪った憎しみの獣を屠るためだ。なのに今乗っている機体に目の前の機械獣を撃ち落とせる兵器は搭載していない。自分で鉄槌を下せないのがとてつもなく悔しい。しかも、その役目が二度と回ってこないことがわかっているから余計に。


 だけど、それでもいいか。


 不意にそう思ったのは、自分のことを作戦成功に必要なただのパーツだと認識したからかもしれない。もう、人間は機械に勝てない。なら、こちらも機械をぶつければいいだろ。


 戦果ならくれてやる。ただ、ミスったら許さないからな。ユーイン。


 後ろの機銃が発光してテオは操縦桿を倒す。すでに狙撃ポイントに到達していたからまっすぐ飛ぶことはしない。フォーグルに撃墜されないようにあたりを飛び回るだけだ。


 ばらけて飛ぶようになったジェームをフォーグルが喰いにかかる。急に体をねじって翼をはためかすと、その巨躯が急上昇する。


 いきなり上がってきたフォーグルの足のすぐそばにマルクの機体があった。巨大な爪がジェームの円筒をつかもうと迫ったその時——。青い雷光をまとった物体がフォーグルの体を貫いた。積載した爆弾が爆発してあちこちから炎が噴き出る。


 フォーグルが落ちていくのを、テオは上の方で眺めていた。炎を吹き荒らす合金の塊は、すでに生き物の真似事ができないほど形が崩れている。


 これでミッションは完了か。帰投しよう。


 テオがパウロまでの航路に入ろうとしたその時、予想外な通信が入る。その通信はマルクからだった。マルクの声が荒げているせいで音が割れている。だが、わずかに拾えた音だけでも、テオはマルクの言おうとしていることを理解した。何かがおかしいのだと。


 すぐに機体を軽く横に倒して地表を見る。さっき撃墜されたフォーグルがこちらを見ていた。もうすでに弾薬は燃え尽きたはず。ただ、獲物が逃げていくのを悔し気に見ているのだろうか。 


 いや。違う。


 テオはフォーグルの胸を注視する。そこには、さっきまでなかったはずの赤い目があった。トリムアイズが搭載しているのと同じレーザーキャノンの砲口。


 テオの体中から冷たい汗が噴き出てくる。これから起こることに気が付いて推進レバーを倒したその時には遅かった。


 フォーグルの胸にあいた赤い目から、その目と同じ色の光線が放たれる。フォーグルの死に際の咆哮は、テオのジェームの後方部分を消し飛ばした。スラスターとバランス制御装置をなくした機体は制御がきかなくなる。機体は意味の分からないくらいに回転をはじめ、テオは上下の判別もつかなくなった。その状態では脱出は不可能。実行すれば投げ出された体が翼に叩かれてバラバラになるだろう。地表の砂が機体を受け止めてくれるのを願うしかなかった。


 しかし、それは叶わなかった。


 無線機に最後の言葉を吐き出した時、突然、視界は暗黒に包まれ、体中を炎が覆った。

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