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第二章「飛行の果てに」3

 テオは格納庫の隣に設けられた更衣室に入った。  


 もうすでに作戦開始まで一〇分を切っていた。さすがに仲間も集まっている。そのうちの一人がテオの姿を見るや、話しかけにやってくる。褐色の強い肌。髪をそり上げたスキンヘッドで堀の深い武骨な顔立ち。航空隊隊長のマルク・ウェルサだ。


「よう、テオ。大切な人には会ってこれたのか?」


「ああ、基地の中にいるからね。兄貴に見送りもしてきてもらってきた」


「そういえば、お前、親はどこにいるんだっけ? まさか基地にはいないだろ?」


「死んださ。二人とも病気でな。機械獣に殺されなかっただけまだましな方だ」


 聞くとマルクはあからさまに表情をくもらせ軽く俯く。


「すまねえ。よけいなことを訊いた」


「いい。もう受け入れていることだから、問題ない」


「それより、マルクの方はどうなんだ」


「俺んとこは全然だ。女房も家のことで忙しいし、娘も学校に行っちまっている。とても一時間じゃあ会いにこれねえよ」


「そうか……」


 俯くと、また一人話しかけに来る。同期のキャメロンだ。男にしては長髪のロールした髪と不躾に蓄えたあごひげがトレードマークだ。


「どうした。そんな辛気臭い顔して。マルクになんか脅されたりしたのか。おっかねえもんな、このおっさん」


「おい。俺は顔が怖いかもしれないが、こいつを脅したことなんかねえぞ」


 マルクは怪訝な顔をしてキャメロンの肩を掴む。キャメロンは、その手をぱっと取り払うと「おっかねえ、おっかねえ」と言いながらわざとらしく肩をすくめ身を縮こまらせた。陽気な彼なりに場を和ませようとしているのだろう。


 ただ、マルクがうっとうしそうにキャメロンを見ているあたり、どっかのタイミングで躾が入りそうだ。そんなことよりもキャメロンの発言が気になる。


「キャメロン、俺、辛気臭い顔してたか?」


「おまえ、ここに入ってきたときから、そうだぞ。なんか暗いというか。すっきりしてねえていうか。なんか顔が晴れてねえんだよな」


 テオは、首をかしいだ。呆れたのか、マルクがなにか続けて言おうとするキャメロンを遮る。


「テオ。おまえ、知らねえうちに志が二つに割れちまってんだよ。建前では死ぬくらいなら戦って死にたいとか、このまま機械獣に蹂躙されるくらいなら、とか言っているけどよ、ほんとは違うっていうのがバレバレだぞ。お前はただ、レオンを追っかけていたいだけなんだよ」


「それでいけない理由でもあるのか」


 テオは鋭い視線をマルクに送る。だが、褐色肌の大男は、全く動じない。


「おおありだ。いいか。戦場では憧れを捨てろ。じゃなきゃ、お前、レオンと同じように……」


 死んじまうだろ——と言いたかったのだろう。戦場で死んだ人間の背中を追いかけても行きつく先は、死だろと。憧れた人間の行動次第で変わってしまう志に信念はないのだから戦うことよりも、生き残ることに集中しろと、マルクは言っている。だが、どうやって手放せばいいのだろう。縋るものがそれしかないのに。小さいころからレオンを追いかけていた。そのレオンを否定され、追いかけることをやめてしまったら、自分には何も残らない。


「忠告、ありがとう」


 本当は死にたくないさ。でも、自分にはそれしかないから仕方がないんだ。




 ゆったりとしたジェームのパイロット服に着替え出動の準備に取り掛かる。紫外線を通さないように特殊コーティングされたパイロット服は厚ぼったくて重い。あまり動きやすいものではない。ヘルメットもつけているのだから余計に窮屈さを感じる。ないと紫外線で死ぬから邪魔でもしかたないのだが。


 テオは、着替え終わって、格納庫へ向かう。特殊な戦闘機を目の前に深呼吸した。


エッジの効いた先頭部。円筒形の機体の後ろに推進装置(スラスター)を搭載。主翼には角度が前側についた前進翼が採用され機体の後ろがわについている。その分、バランスを取るため、副翼が前方に着くという奇抜な設計がされている。本来飛行機の主翼は、バランスを取りやすくするために後方に角度がついた後進翼が採用される。そのため軍用輸送機はもちろん爆撃機も後進翼が採用されているのだ。


 だが、機械獣との戦闘、とくに飛行型の迎撃には高い機動力が必要となる。前進翼はバランスこそとりずらいが、それこそが最大の利点でもある。バランスが崩れやすいからこそ機動力を最大化することができる。


 そしてテオの機体にはもう一つ特徴がある。機体番号三五の印字だ。


 航空隊の中でジェームのパイロットは個別に専用の機体がある。それを区別するための番号が機体番号だが、テオのは三五。同期であるキャメロンのは三六。後輩のイーサン、カイルのはそれぞれ三九と四〇。ちなみに隊長であるマルクは十三だ。


 ジェームのパイロットになれるのは、毎年行われる選抜試験のトップランカー二名だけ。連番であるテオとキャメロン、イーサンとカイルは同期である。そして番号が抜けてしまっているところは、その機体が落ちてしまったということだ。パイロットが生き残った場合、新しい機体に同じ番号が与えられる。つまり、番号がないということは死んでしまったのだ。それだけ入れ替わりの激しい部隊である。


 それなのにテオが航空隊を選んだのはレオンの存在が大きかった。


 同じ空に憧れた人間で、同じ故郷を蹂躙された苦しみを知っている。そんなレオンが先に軍大学に入学し、テオも二年遅れて入学した。そして、二人でジェームのパイロットになることを夢見ていた。それなのにレオンは機械人間になってしまった。


「俺は今、ジェームに乗っているぞ。レオン」


 小さい頃からいつも追いかけていた存在。それを奪った機械獣への復讐心。今のテオにとってジェームのパイロットを続ける動機はそれしかない。


 自分達の大切なものを奪ってきたやつの息の根をこの手で止めてやる。


 テオはキャノピーに梯子を掛け操縦席に乗り込んだ。ベルトによる体の固定。梯子が整備士に撤去されたのを見てキャノピーを閉じる。ジェームを起動させた。


 開け放たれた解放口から地上走行モードで滑走路へと進入し、機体の向きを進行方向に揃え停止。


 管制からの指示が出て飛行モードに変換。


 スラストレバーを前に倒し機体は動き出す。Gによって内臓が背中側に張り付く感覚。景色が高速で後ろに流れていく。


 操縦桿を手前に引いて機体を持ち上げた。


 ふわりと重力の足枷から解き放たれる。


 そのまま高度を上げつつ、外周林を抜け、巨大なハッチからシェルターの外へ抜ける。進路を南東に変え飛行した。




 ユーインは義足を取り外して、まず下半身をパワースーツに通す。ズボンを履くように下腹部までもがすっぽりと覆われる。ほとんどのレフォルヒューマンはスーツの仕様上、切断面が痛むらしい。ライアンも一緒に出動する時はいつも文句を言っていた。とはいえ、レオンと同じく、下腹部から下をすべて機械にしてしまったユーインにとっては痛みなんて感じなくて、むしろしっくりくる心地よさがある。


 ユーインは立ち上がって、義手も外した。前のスタンドに準備されたスーツの上半身側に歩み、大きく開かれた背面部から少しまえのめりになって腕と頭を通す。


 自動でスーツが閉じて、ぴったりと体を覆う。頚椎のセンサーが反応して神経系の同調の開始。ピコリと、脳とのリンクが完了した通知音を聞き、体を起こす。


 中の体とリンクして動くスーツ。スタンドから一歩下がり体を起こした。クーラー装置の作動と固形の空気が徐々に融解を開始。バッテリーと空気の残量を知らせるアイコンが視界の上の方に映る。


「パワースーツ、リンク完了。異常なし」


『了解したユーイン。作戦の成功を期待する』


 抑揚のないインスペクターの声。いつも通り、成功させると思われているのか緊張感が全くない。


 ユーインは整備室を出て、飛行場へと入った。


 先に飛び立つジェームを見送ってから、輸送機に乗り込む。少数の整備士とパイロットが乗り込み、輸送機はスラスターによって浮上する。


 外周林を抜けドームの外に出るためにハッチを通って輸送機は、南西方向に飛行した。

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