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第二章「飛行の果てに」2

 テオはレオンの病室から出てすぐレヴィンスとすれ違った。レヴィンスの手には花瓶に生けるための花束が握られている。すれ違いざまに呼び止められて、テオは足を止めた。


「レオンの顔を見に来てたのか」


「これから出るからな。最後になるかもしれないから会いに来た」


「そうか……。待ってろ。すぐに戻ってくるから」


 レヴィンスはレオンの病室に入ると花だけを取り換えたのか、すぐに出てくる。その表情は、またやったなと呆れた顔だった。


「おまえ、また言い過ぎたろ」


「ちょっとだけだよ。俺の命もいつ消えちまうか、わからないからな」


 レヴィンスは深くため息をついた。


「もう準備は、できているのか?」


「ああ、あとは飛行場で着替えるだけだ。作戦は頭の中に入っている」


「そうか。じゃあ、外で空でも眺めに行くか。出撃前のレオンみたいにな」


 レヴィンスとテオは場所を移して飛行場のそばまで来た。


 ジェームの格納庫の開きかけのハッチから、整備クルーたちがせわしなく動いているのが見える。テオは自然と自分が乗る機体の格納庫を見ていた。


 その様子を後ろからレヴィンスが見ている。ずっと黙ったままなのは、兄貴としての気遣いなのか。本人からしてみれば任務に差し支えると悪いからと、口に出さないのかもしれないが、こちらとしては、余計に気を使われても居心地が悪いだけだ。


「言いたいことでもありそうだな」


 テオが呟いた言葉を聞いてレヴィンスは、やっと隣に立って話はじめる。


「クレハにけっこうきついことを言ったんじゃないのか。お前はいつまでたってもスパルタだからな」


 レヴィンスは、いつものことだなというように笑った。こちらとしてはそこまで笑っていられるほど軽い問題ではないのだが。


「兄貴の言った通り、今までそっとしてきたつもりだ。でもいつまでたっても二人は先に進んでいかない。クレハは過去に捕らわれたままで、レオンは知らない過去に戸惑っている。いつまで腫物に触れるみたいに接しないといけないんだ。もうこれ以上、俺は待っていられないんだ」


「そう焦ることねえだろ。レオンはそう簡単に死なないし、クレハもインスペクターである以上、いきなり死ぬようなことにはならない」


「だけど、俺は違うんだ。知っているだろ、航空隊の平均寿命を。たったの二十一歳だ。それ以上生き残るのは、一割にも満たない。多くの兵士が入隊してから最初の迎撃作戦で死ぬ。生き残ったやつも続く迎撃作戦で命を落とす。オレも二十一になった。今までは運よく生き残ってこれたが、機械獣のイレギュラー化の進む中でいつまでもこの幸運が続くとは思えない」


 テオの吐き出す言葉一つ一つをレヴィンスは頷きながら聞いた。だが、テオが話し終えるとレヴィンスは、また呆れたようにため息をこぼす。


「知っているさ。そのくらい。でもそれはお前が決めた道だろ。まわりに変化を強要する権利はねえよ」


 レヴィンスは、空を見上げる。テオもつられて見上げると、刷毛で描かれたような薄い雲が空を漂っていた。


「なあ、テオはなんで軍人の道を選んだんだ?」


「俺はこのまま、機械獣に蹂躙されて死ぬ時をただ待っているのが嫌だったからだ。オレは最後まで抗いたい。たとえ、自分の手でこの空を取り戻せなくても、続く人が引き継いで戦ってくれるように」


 それがレオンの願いだった。結局自分は、いつまでたってもレオンを追っているだけである。しかし、それでいいと割り切っていた。


「そうだよな。おまえはそれだけに集中すればいい。クレハも問題に向き合い始めている。おまえが釘をささなくても、すぐに越えてくさ」


 レオン以外で一番クレハをそばで見てきたのは、レヴィンスだ。兄貴がそう言うのならそうなのだろうと、テオは話を呑み込んだ。


 だが、機械獣の侵攻はとまらない。このままいけば近いうちに必ず人間は滅ぼされる。せめて、その前にはもういちど。


「もう時間だ。行ってくるよ」


「おう。絶対に帰ってこい。ねぎらいの言葉くらいかけてやっからよ」


 たったそれだけかよと、テオは心の中で呟いた。けれどレヴィンスの言葉がほんの少しだけ、緊張をほぐしてくれたような気がする。


 テオは、レヴィンスに背を向け飛行場に入っていく。開けた視界に映ったフレームよりも、さらに上の澄んだ青がやけに綺麗に見えた。




 軍基地の西側。病棟やら寮やら多くの建物が並ぶ区画にレフォルヒューマンがいつも寛いでいるスペースがある。


 芝生が貼られた広場で、所々に日除けのための広葉樹が強い日差しをいっぱいに浴びている。樹々が作る木陰の下に設置されたテーブルやラウンジチェア、ハンモックで皆思い思いに寛ぐ。


 陽射しが強く感じてもシェルター内の温度は、二〇度前後で大きく変化することがない。外の木陰にいる方が、日差しに熱せられる建物内にいるよりも快適だった。


「なあー、レオンがさあ。また病棟に運び込まれたんだって」


 ユーインがハンモックにだらんと揺られながら言った。プラチナブロンドの少し癖のある短髪にクリッとした大きな目。幼さのある顔立ちの少年は、葉漏れの光に手をかざして碧い目を細めた。


 ユーインが持ち出した話題にライアンが返す。


「別に、いつものことだろ。キニスゲイアを発動させたんだからよ。むしろ皮膚の張り替えだけで済んで、マシな方だ。前には腕と足が破損した上に生きた内臓をいくつか取っ替えなきゃならないことだってあったんだからな」


 椅子に座ったまま、ライアンは紅茶を啜った。


 すっきりと横と後ろを刈り上げた髪は日に焼かれて茶色くなっている。肌も同様に日焼けして褐色。前髪を整髪剤で持ち上げているせいで独特な甘い香りを漂わせているのだと自覚していた。


「でもさ、こんな眠ってばっかじゃ、人生のほとんどを寝て過ごしているようなものじゃない。オレ、レオンと最近全然話してないし」


「おいおい、冗談はよしてくれ。オレ達はレフォルヒューマンなんだぞ。人生って……。それに一週間や二週間話せてないだけで寂しがるって、お前は小学生か」


「まあね。オレの心はいつまでも人間のままだし、だから人生考えたっていいんじゃない。それに荒んだおっさんの心よりも小学生の純粋な心であった方が幸せでしょ」


 子供のような笑顔を返すユーイン。ライアンは呆れたように失笑した。


「物は言いようだな」


 ライアンはもう一度紅茶を口に含む。ユーインは腕時計を見て起き上がった。


「さあてと。そろそろ準備をしなくちゃ」


 呟きながらユーインはハンモックからおりて立ち上がると、ぐうっと伸びをする。


「なあ、ライアンも一緒に来ないか?」


「なんだ? さみしいのか?」


 ライアンがからかうように尋ねた。それに対し、ユーインはかぶりをふる。


「いいや。単純に非番なのが羨ましいだけだよ。それに一人のミッションは面倒だけど嫌いではない。失うことを恐れずに済むからね」


 ユーインは凛々しく笑った。その表情に恐れなどない、むしろ楽しみでしょうがないと言いたげに見えた。

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