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第二章「飛行の果てに」1

 緊急対策会議が開かれたのは、レオンが入院してからわずか三日後のことだった。前線であるスランド地区の前哨基地が飛行型の機械獣に襲撃されたと知らせを受け、作戦司令官であるマック・グレゴリーは、緊急対策会議を開くことにした。


 大佐の証である黒地に金の装飾を施され赤く縁どられた詰襟、左胸に所狭しと並ぶ勲章を静かに携え、グレゴリーは、参加者が集まるのを会議室にて待つ。わずか五分という急ごしらえで練り上げた作戦内容を表示させた情報端末を片手に、作戦に穴がないか再度確認する。


 その間にも、何人もの軍人が部屋に入りだす。招集をかけてから、わずか三分。それぞれが、部隊ごとにかたまって席に着き、グレゴリーは頃合いを見て口を開いた。


「これからブリーフィングを始める。当作戦のターゲットは翼竜型機械獣〈フォーグル〉。襲撃された場所は、パウロから南部三〇〇キロ進んだスランドの第三、第四、第五基地。レーダ感知が遅れたことからステルス性能ありのイレギュラー個体だと断定している。


 皆も知っているだろうが、イレギュラー個体の多くは都市を直接襲撃するよりも、我々の戦力を減らすことに執着することが多い。当作戦は、フォーグルに誘導をかけ、レールガンによる狙撃で目標撃破を目指す。


 作戦の手順だが、まず航空隊がフォーグルに接近する。標的(ターゲット)をとられるまで、あたりを滞空し、標的(ターゲット)をとられた時点でギゼル砲台基地がある北西方向に飛行する。レールガンによる狙撃ポイントまで誘導し、到着次第あたりを散開して飛び、フォーグルの行く手を惑わす。最後にレールガンによって中枢機器の破壊、あるいはコアを撃ち抜く。以上だ」


 一通り説明を終え、質疑の時間をとる。ほとんどの人間は、これが最善であると理解をしているのか、はじめの一瞬は誰も手を挙げなかった。


 それを見計らってか一人の青年が遅れて手を挙げた。赤いくせ毛の短髪。凛々しい顔つきの若者だ。テオ・ルットマン。軍大学を卒業して間もなく、トリムアイズの単発撃破をやってのけた航空隊が誇るエースコンバット。作戦指揮を執るグレゴリーは、もちろん彼の功績も実力も知っている。


 目顔で示すと、テオは質問を口にした。


「狙撃手は、誰になるのでしょうか。レオンは、まだ動けないはずです。他に優秀な狙撃手はいるのでしょうか?」


「ユーイン・ジェンクスを投入する。単独の戦闘力としてはレオンに敵わないが、狙撃技術はレオンに並ぶ。なにも問題ない」


 言うと、青年は開きかけた口を紡いだ。当作戦で背中を預ける相手が、信頼のおける男でないから、多少の不満があるのだろう。だが、そのような理由でテオも盾ついたりしない。それだけの技術と度量を彼は備えている。


「現在においてフォーグルはスランド地区に停滞を続けている。動き出す様子がない故、当作戦の開始時刻は、一時間後とする。ただし、一時間と経たずに動き出す可能性もあるため、出撃準備は整えとくように。諸君らの生還と健闘を祈る」




    ◇




 クレハはレオンの眠っている顔が好きだった。寝ているときだけは、いつも張り付いている緊張がない。すこしあどけなささえ感じるほどレオンの寝顔は柔らかい。


 すべての手術は終わり、今は、機械化した部分のパーツの取り換えを待っている状態だ。それが済むまで、麻酔で眠らされているから、レオンは起きることがない。この寝顔をあと何回拝むことができるのか……。時間が許す限り、クレハはレオンと一緒に居ると決めていた。


 唐突に扉がノックされて、クレハは意識を扉の方へ向ける


「入るぞ」


 入ってきたのは、テオだった。レヴィンスの弟。普段はたまにしか見舞いに来ないのに、どうしたのだろうとクレハは思う。


「テオ、珍しいね。あなたがレオンのお見舞いに来るなんて」


「フォーグルがスランドの前哨基地を襲った。あとすこしで迎撃に出るからちょっと顔を拝みに来たんだ」


 テオは、レオンの顔をのぞき込むと、意外なものを見るように片眉を上げた。


「随分穏やかだな。それにこうして見るとあの時と全く変わってないように見える。オレたちのことを忘れちまっているのがウソみたいだ」


「ほんと。でも、起きたら別人みたいだけどね」


 確かにと相槌を打つテオ。大切なものを穏やかな表情で見るテオに、クレハは訊く。


「ねえ、テオ。いま聞くべき話か分からないんだけどさ、聞いてもいい」


「なんだよ。いまさら何も気を使う必要なんてないだろ。何でも聞いてくれ」


「なんで、テオは軍に入ったの? レヴィンスを追って?」


「兄貴は関係ねえよ。そうだな……」


 テオの目はしばし中空を泳ぐ。頭の中で言葉を探すようにうつらうつらと話し始めた。


「俺は、レオンにずっとあこがれていた。あいつのさ、自分の渇望に正直なところに憧れた。小さいころから空に焦がれて、ずっとあいつは空を眺めていた。あの背中が今でも記憶に焼き付いて離れない。あんなふうにまっすぐでいたいと思っていた。だからかな」


 テオの表情が曇った。声量の少ない、まるで無意識に口からこぼれたかのように呟く。


「……なのに先に逝っちまいやがって」


 テオの視線がレオンに降りる。彼の眼はやるせない怒りの火をやどしていた。クレハにはその怒りがどんなものなのかがわかる。突然、自らに降りかかる災難によって大切なものを奪われる。だけどそれは誰が悪いとか言えるものではない。自分も悪くないし他の誰も悪くない。だから怒りの行先もなければ、怒りの矛を誰にも向けることができない。ただの八つ当たりになってしまうからだ。それにやったとして、後に残るのは虚しさだけ。そんな消化できない苛立ちを自分もテオもずっと抱えている。


「俺、いつかレオンに空を見せたいんだ。オゼインシェルター越しのではない。間にあるのは空気だけのまっさらな青空を直接自分の目で見せてやりたい。あれだけあこがれていたんだ。きっとなにか起こる気がする」


「テオ、残念だけど、今のレオンは、私たちが慣れ親しんだあの頃のレオンではない。見た目は同じでも、人間だったころの記憶はなくしてしまっている。レオンにとって、私たちはその辺にいる知人と同じであっても、親友ではないの」


「そうかもしれないな。だけど、レオンであることに変わりはない。たとえ、自我が変わってしまうほど記憶をなくしても、レオンはレオンだ。本質的になにもかわらないだろ。だから、クレハも傍に居続けているんじゃないのか。いつか、思い出してくれる時が来ると信じているから、インスペクターになったんじゃないのか?」


 その質問に対して、クレハは口を紡ぐことしかできなかった。


「俺は、いいかげんに向き合ってほしいと思っている。レオンのこと、どうしたいと思っているんだ?」


「私は……」


 再度の質問に言葉を押し殺す。もちろん、もういちど恋人になれるのなら、そうしたい。でも、その欲求よりも後ろめたさがどうしても勝ってしまう。


 自分がした選択によって、いまのレオンに苦しみを与えてしまっている。レオンを失いたくないと、身勝手にとった選択によって、レオンはいまだに苦しみ続けている。


 本当だったらレオンはとっくに楽になれていた。終わっていたのだ。彼の人生そのものが。自分の選択はレオンの苦しみを引き延ばしたに過ぎない。そんな自分が、レオンともう一度結ばれて幸せになる。——そんなこと許されるわけがない。


「クレハが答えを出してくれないと俺たちも安心ができない。それにレオンが一番かわいそうだ。どっちつかずの対応は一番よくないと思うぞ」


「わかっているよ。わかっているけど、もう少しだけ考えさせて」


「そうか……」


 テオはしばし沈黙して、クレハも黙りこくった。不意にテオが部屋の掛け時計を見る。


「そろそろ、行くわ。生きて帰ってこられたらまた顔出す」


 病室を出ていこうとするテオ。しかし、一度足を止めると振り返って戻ってくる。


「死ぬかもしれないからこれだけは言っておく。俺はあの頃に戻りたい。バカみたいな話で笑いあったあの頃みたいに。だから、クレハも決心してほしい」


 どうしてもできない。その資格が自分にはないのだから。


 テオが病室を去って静けさが訪れる。レオンの静かな寝息に耳を傾けながらクレハは、レオンに届かない問いを心の中で呟いた。


『私はどうしたらいいの?』


 そんなこと聞く資格すら自分にはないのに。

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