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第二章「飛行の果てに」5

 フォーグルが延命していることに気が付くのにユーインはかなりの時間を要した。


 内部の弾薬に引火して火だるまになった機械獣がその状態で動いている姿など、今まで見たことがなかったのだ。ユーインはフォーグルの活動が停止したとみて照準器から目を離していた。


 しかし、マルクの慌てた通信を聞いて、もう一度フォーグルの方に焦点を当てたのだ。火だるまになったフォーグルは、たしかに動いていた。


 なぜ、まだ生きている。中枢系は焼けたはずだ。


 そんな思考が意味のないことはわかっている。現にフォーグルは動いているのだから、殲滅せねばならない。


 だが、次弾の装填にはまだ時間がかかる。何かが起こるその前に入ってくれ。


 そう願ったとて、巨大な砲台であるレールガンは連発できる代物ではない。巨大な弾倉からレールを伝って次弾が運ばれてくるも動きが遅くてじれったい。


 照準はもうあっている。指も引き金に置いている。


 装填完了の通知音が聞こえた瞬間ユーインはトリガーをひいた。


 再び、雷光をまとって発射された砲弾。


 けれど、その弾がフォーグルの体を貫いたときには、赤いレーザーが一機のジェームを貫いていた。


 今度こそフォーグルが動かなくなったのを確認して無線のやり取りに耳を傾ける。


『に***、******む』


 その直後に一機のジェームが地面と衝突して火柱をあげた。聞こえたのは、墜落した機体のパイロットの遺言だろうか。


 音が割れていてほとんど聞き取れなかった。AIの解析をかけてもういちど聞き直す。


『兄さん、レオンを頼む』


 胸の奥が疼いた。声の主は、あの航空隊のエースパイロットなのだろう。自分はもう、ドロップアウトしてしまうから、せめて兄に自分の願いを託したかったのだ。最後の一時で自分の中にある無念と願いを一言で表せる言葉を——。


 胸の中で渦巻いているものがなんなのか。これが嫉妬という感情なのか。我に帰ろうとユーインは深く息をいた。


 自分にはそういう人間がいなかったのにと、心の中の幼稚な自分が叫んでいる。まったく虫けらみたいに小さな心だと思った。


 ユーインは、体を改造されてからというもの、改造される前に身内だったという人間の声を聴いたことがない。気づいたときに周りにいたのは、白衣を着こんだ研究員で、誰も自分に愛を持って接してきてくれたことがなかった。自分は兵器だ。そう言い聞かせて堪えてきたのに。


「まったくうらやましいな。レオンは」


 苛立ちを抑えるようにユーインは砲台のキャノピーから降りた。青空を黒煙が縦に割っている。


「残念だったね、テオ・ルットマン。君の遺言はおそらく航空隊の誰も拾えていないよ」


 音割れがひどかったから人間の耳には、ほとんど届いていないだろう。でも問題ない。本人に直接聞かせてやればいいのだ。


 後で伝えてやるからな。


 グレゴリーに目標の討伐が完了したことを連絡し、ユーインは帰投した。




 クレハが、テオの戦死を知ったのは、レオンのいる病室だった。ただ丸椅子に座ってレオンの寝顔を眺めていた。そこに突然レヴィンスが入ってきたのだ。ノックもなしにいきなり入ってきたレヴィンスに驚くクレハ。レヴィンスはおぼつかない足取りで近づく。気が動転し肩で息をするレヴィンスから無気力にその言葉は漏れた。


「テオが死んだ」


 クレハは、何も言えなかった。ただ、信じられないと、レヴィンスの言葉を拒絶するしかできない。


 二人は時が止まったかのようにしばらく黙った。


 その間に、花瓶にさしてあったガーベラのオレンジが儚く散った。




 ◇




 暖かい光が頭の上にあった。下からは、懐かしい幼さのある声が呼んでいる。少なくとも三人だ。男の子が二人と女の子が一人。


 その声を無視して、一つ上の枝に手をかける。ヒョイっと軽い身体を持ち上げて、脚を枝にかけて登ると、また少し空に近づいた。葉漏れの光は目をつぶりたいほど眩しい。


 明るくて神々しいけど、うっすらと暗くて落ち着く。光ですける葉脈はとても瑞々しかった。


 心地のいい空間。木陰が涼しい。


 レオンはまた上の枝に手をかけた。登れば登るほど、日影が減って暑くなるというのに体が上の方に導かれているみたいだった。


 なぜなのかはわからない。なぜか、あの青に惹かれてしまう。頭上の空。フレームが邪魔なシェルターの、さらにその向こう側にある澄んだ青にどうしようもなく憧れてしまう。


 下の方で男の子が呼びかけてくる。


「ねえ、レオン待ってよ」


 さらにその下、というより根方からもう一人の声が呼びかけてくる。


「テオ、あんまり無茶するなよ。おまえはレオンほど運動神経良くないんだからな」


「うるさいお兄ちゃん。お兄ちゃんも登ってきなよ」


「おれは、いいんだよ。観ているだけで」


「運動音痴」


「なんだと」


 仲の良い兄弟の些細な言い合いにクレハがくすっと笑う。


 こんなやりとりを懐かしく感じるのは、なぜなのだろうか……。


 こんなの、まったく身に覚えがないのに——。




 ◇




 重い瞼を持ち上げるとそこにあったのは憧れた空でもなく、枝葉がつくる緑の屋根でもなければ、病室の恐ろしいほど白い天井だった。レオンがミッションから帰還して最初に見るのは、いつも病室の怖いほど白い天井と、窓から差し込むまぶしい光である。いいかげん、こういう目覚めは避けたいものだ。知らないうちに身体が移動していて、寝ているうちに身体の中を弄くられている。あまり、気色が良いものではない。


 ちらっとベッドの横に目をやれば、いつも通り、クレハがそばの椅子に座っていた。


 今回の表情は、うつむき加減がいつにもまして暗い。


「どうしたんだ? またどれか臓器がダメになったか?」


 軽いジョークのつもりで言ってやるとクレハはかぶりを振った。ほんの少しだけ微笑んだように見えたけど、その表情はすぐに暗雲に染まる。


「テオが死んだの」


「テオってレビンスの弟か。なんで死んだんだ?」


「あなたが眠っている間に、フォーグルがスラントの前哨基地を襲撃して、こっちへ襲いに来る前に、迎撃するために出撃したんだけど、テオだけ死んじゃったわ」


「そっか、死んだのか。あいつ」


 なぜだか悲しいとは思わない。何とも思わない。幼馴染の弟で、小さい頃遊んだと言われた相手だけど、その記憶がないせいなのか、全くと言っていいほど悲しいとかそんな気持ちは湧いてこない。


「レヴィンスは、今どうしてるんだ?」


「弟が死んだ割には落ち着いている。多分まだ整理がついてないんじゃないかな」


 そうか、とレオンは呟く。自分の家族が死ぬときに抱くであろう悲しみという感情にはあまりピンとこないが、それでもめったにあじわうことのない特別つらい感情であることには変わりないはず。


 自分もいつか死ぬときにはだれか悲しんでくれるのだろうか。半分機械になってしまった自分が、身内の記憶のない自分が……。


 きっといろんな人たちの憤りを集めているに違いない。兵器として生きる以外の価値をみいだせない自分に、一生、人並みの幸せはやってこない。どんなに周りの人間が願ったって。


「なあ、クレハ。オレがもしも死んだらどうする?」


 この問いがこの場にふさわしくないのはわかっていた。でも聞かずにはいられなかった。この場をどうやってやり過ごせばいいのかが分からない。


「なんで……。なんで、そんなこと訊くの……? 冗談でもそんなことを訊かないでよ」


「ちょっと、気になっただけだ。別に深い意味はない」


「やめてよ。幼馴染が死んだばかりなんだよ」


「でも、オレの記憶の中にはないんだ。オレにはこの現状をどう思って過ごせばいいのか、わからない」


 きっと、この先、何人も死ぬ。現状、フォーグル迎撃作戦に必須の部隊である航空隊のエースコンバットが死んだ。これ以上、機械獣のイレギュラー化が進めば間違いなくパウロは襲撃される。都市の内部だから安全だとはいえなくなってしまうのだ。誰が死んでもおかしくない。


 いつも悪くなった機械の体を直してくれるレヴィンスが死んだら、いつもそばにいてくれるクレハがもし目の前で死んだら、どんな顔して見送ってやればいい。


「みんなずるいんだよ。みんな同じ悲しみの空間にいて、オレだけ輪の外にだされたままで」


 クレハの目が涙で滲んでいるのが見えた。悲しそうに、まるで苦しいことをぎりぎりの状態で耐えているように、クレハの眉間にしわがよる。


「教えてくれよ。オレはどうしたらいいんだ」


「私にもわからないよ。だって、レオンは何も知らないんだもん。知らないことが多すぎて、どうしたらよくなるのかわからない……」


 ついにクレハが限界をむかえた。水滴をとめていた受け皿がいっぱいになって水が溢れ出るように、クレハの目から雫が落ちていく。


 クレハは、レオンの胸に額を押し付けた。一人でその悲しみをとどめることができなくて、小さな子供のように嗚咽をもらす。


 レオンの着る患者衣がクレハの涙で濡れた。クレハは、自分の体を横から覆うようにして身震いさせている。


 だけど、レオンはこの状況をどうおさめたらいいのかわからなかった。自分が兵器になる前に大切だったという人が悲しみにくれ、苦しみに打ちひしがれていても、彼女にどんな言葉をかけてやったらいいのかわからなかった。


 数分間、その状態が続いた。


 やがてクレハは体を持ち上げ、涙を出しきった目を袖口でぬぐう。


「私がぜんぶ教えてあげる。人に愛されることがどんなことなのか。人を好きになることがどんなにすばらしい事なのか。レオンが分かるようになるまでずっと」


 なぜ、クレハは自分と親密になろうとするのだろうか。いまいちピンとこない。迎撃作戦のない休息日に恋愛ものの小説を読んだこともあったが、自分の求める答えは見つからなかった。


 その小説は、戦争も都市を襲撃する機械獣もいない世界で学校に通う男女がひょんなことから恋愛関係に発展したが、最後には、男の方が交通事故で死ぬという話だった。クレハに渡して読んでもらった感想は、すごく感動したというもの。だけど、レオンにはその感情がわからなかった。


 親密な関係の男女のうち、片方が死んでしまうことに何を思えばいいのだろうか。


 人間の感情はわからないことが多すぎる。


 クレハが不意にレオンの頬を指でつついた。レオンは指をさけようと首をまげるも、クレハは執拗に頬をつつき続けた。爪が皮膚にくいこんで痛い。


「なにすんだよ。いてええよ」


「その感情が怒りだよ。私の指が邪魔でうっとうしいでしょ。爪がくいこんで痛いでしょ。この不快感が大きくなっていくと怒りに変わるの。私、怒ってるんだからね。二度とあんなこと訊かないで」


「わかった」


 しぶしぶ言うと。クレハの指がやっと離れる。クレハはしかめ面のまま、バッグから黒い服を取り出す。きれいな正方形にたたまれたその服をレオンの体の上にぽんとおいた。


「はやく、これに着替えて。テオのお墓に行くよ」



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