XI(九州)
@九州連邦共和国鹿児島県指宿市―第21連隊臨時司令部
2月12日九州標準時刻1643時
「11小隊と22小隊は転進して海岸線付近の援護にまわれ!」
佐藤タクマは臨時連隊司令部から第214大隊の各部隊に指示を出す。
大隊長が戦死し、他の中隊長も大半が戦死したため繰り上げで第21連隊の隊長になったのである。
もっとも、通常は第21連隊隷下の第212、214大隊は予備役部隊も含め4個中隊(2個戦車中隊、1個予備役戦車中隊、1個支援中隊)、第211大隊は3個中隊(1個対戦車砲中隊、1個ミサイル中隊、1個自走迫撃砲中隊)、第213大隊は2個中隊(2個機動歩兵中隊)から構成されるのが、ほぼ7個中隊(2個戦車中隊、1個支援中隊、1個対戦車砲中隊、1個対空砲小隊、1個自走迫撃砲小隊、2個機動歩兵中隊)まで数を減らし、さらに実質的には4個中隊以下まで消耗しているのだ。
事実、佐藤が指揮を取っている大隊本部も九州55試装輪装甲車に急遽、指揮機材を搭載したものである。しかも、その九州55試装輪装甲車も主力である九州53式装軌戦闘車や38式戦車、九州55式装軌戦闘車、さらには本来は火力支援用の九州55式火力支援車や穴埋め用の九州51式装輪戦闘車まで投入しても数が足りず、試験中の物に搭乗することになってしまったのであるのだから本当に絶対的な数が足りていない。
現在、薩摩半島南端部の指宿市付近で戦闘中である。
ここを抜かれるとクラックゥは海を渡って南方にある竹島や硫黄島、種子島や屋久島に向かっての進撃を始める可能性が高い。
しかも、避難民を乗せた船の大半はまだ鹿児島湾を出たばかりの物も多く、そうすると避難民の大半が犠牲になる。それだけは避けねばならない。
しかし、
「隊長!海岸線付近の部隊から報告!敵が上陸を始めました!」
「ちっ……」
隊員からの報告に佐藤は思わず普段はしない舌打ちを漏らした。
すでに対岸の大隅半島全域はクラックゥの手に落ちているのでいつ来てもおかしくない状態で、佐藤が心配していた事態がとうとう発生したのだ。
「……これより撤退を開始する。撤退は重傷者から順に数段階に分けて行う。同時に、戦線も縮小する」
逡巡は一瞬。佐藤は即決した。
撤退に使う漁船は確保してある。
それに、すぐ全部隊が撤退するわけではない。段階的に戦線を縮小し、余剰部隊を脱出させていくだけだ。時間が稼げればよい。
「しかし……でも!これでは命令が!」
若いオペレーターは驚愕し、佐藤に対して非難の声を上げる。
第21連隊に与えられていた命令は「増援があるまで指宿を死守すること」。佐藤はそれをたった一瞬の逡巡で無視することにしたのだ。
非難の声に対して佐藤はオペレーターの方を向かずに
「わかってるさ。だが、これは第21連隊隊長代理の俺の命令だ。異議は認めん」
そこまで言うと佐藤はオペレーターの方を向き、言葉を続ける。
「大丈夫だ、避難者が避難するぐらいの時間は稼ぐ。それに今はここを死守するより人的損失を最小限に抑えねばならない。それにな――ここを死守するなんて無理だ。増援がくる前にこっちが全滅する」
それだけ言うと佐藤はオペレーターの肩をたたいた。
「じゃあ第1陣の部隊を伝えるからそこに伝達よろしく」
「りょ……了解」
オペレーターは軽くうつむき、佐藤から渡されたメモに書かれた部隊に周波数をあわせ、撤退を告げ始める。
* * *
九州標準時刻1751時
「機動歩兵部隊は撤退だ!繰り返す!陸上機動歩兵は全員撤退だ!」
「いやです!ここを放置しては行けません!私達がいなくなったら誰がここを守るんですか!」
「大丈夫だ問題ない。そのために50人の兵がいる」
「ぜんぜん大丈夫じゃありません!私達も残ります!」
「おまえの一存で10人の他の人を前線にとどめていくわけにはいかないだろう!行きなさい!」
「大丈夫です!自分だけが残ります!機動歩兵が1人いるかいないかで状況は大きく変わります!」
撤退開始から約1時間後、佐藤は陸上機動歩兵部隊の隊長と口論していた。
口論の相手は第2137機動歩兵中隊隊長代理でかつて佐藤の教え子であった船小屋 チハ中尉。
最後の漁船で撤退させようとする佐藤に対し、船小屋は自らも残って戦い続けようとしているのだ。
船小屋にとってクラックゥとの戦いで重要な役割を果たす陸上機動歩兵は常に最前線で戦い続けるべきものである。そして極端にまじめで自らの義務を徹底的に果たそうとする彼女にとってその陸上機動歩兵である自分が他の人間を残したまま撤退することなど許容できないのだ。
「私達――私も残って支援します!」
だから尊敬する恩師であり、今は上官である佐藤に対してしつこく反対し続けているのだ。
「だめだ。おまえらは生き残れ。漁船で脱出するんだ」
「どうしてですか!今、この戦場には陸戦魔女が必要です!瘴気がきたら誰が瘴気から守るんですか!」
そんな船小屋の反論に佐藤はややかがんで船小屋の目の高さまで顔を持ってくるときっぱりと言った。
「だめだ。お前らはこの国の――いや、この世界の未来なんだ。こんなつまらない場所で死なせるわけにはいかない。……ここからは、漢の仕事だ」
「でも……でも!」
「いいんだ――いきなさい。私達の分も」
佐藤は急に船小屋の細い身体を抱きしめたかと思うと、そのまま持ち上げ、船小屋が目を白黒させているうちに漁船に乗せた。
「出港!」
船小屋を漁船に乗せるとすぐさま綱を解いた。
同時に、エンジンを始動させ、動き始める漁船。
「っ!!……ご武運を!」
船小屋はもはや半泣きになりながら敬礼して叫ぶ。
「ご武運をー!!」
「ご武運をー!!」
「ご武運をー!!」
それにつられて漁船に乗っていた陸上機動歩兵も次々と叫び始める。
その声は漁船が水平線に消えるまでいつまでも響いていた。
しかし、佐藤にはそれを見送っている余裕はない。
(……いいんだ。これで。チハ、おまえは生真面目だから気に病むかもしれん。――だが、俺にできるのはお前が卒業するまでしか面倒をみれない。そこから先は幸せに生きていけることを祈ることだけだ。だが、お前らが幸せに生きていけるなら、この命、惜しくない。地獄の底までだって行ってやる。――だからチハ、お前は生きろ。そして未来を創れ)
結局伝えられなかったことを心の中でつぶやくと佐藤は護身用に残しておいた扶桑52式ライフルを拾い上げ、味方が戦線を張っている場所へと駆けていく。
戦車は、もうすでに全損していて1台も残ってない。
文中に出てくる架空兵器の解説を……
●九州55式装軌戦闘車
[性能(A型)]
分類:軽戦車/駆逐戦車/主力戦車
乗員:2名
重量:20t
全長(本体):5.2m
全幅:2m
全高:1.8m/2.2m
行動半径:290km
武装:九州55式60口径75ミリ機関砲(滑腔砲・発射速度:毎分150発)
サスペンション:トーションバー方式
エンジン:桜島学園製作所九州53式2号ディーゼル発電パワーパック(670hp)
最高速度:82km/h(不整地・前進時)
82km/h(不整地・後退時)
ギア:前進6段、後退6段
制御方式:オートマティック
履帯幅:30cm
履帯:シングルピン・ダブルブロック方式(幅30cm×長さ9cm)
接地圧:0.801kgf/cm^2(参考資料→成人男性の接地圧:約5.56kgf/cm^2)
潜水渡河能力:2m
超堤能力:0.9m
超壕能力:2.2m
登坂能力:70%で時速15キロ
最大横傾斜:45%
加速力:10秒で時速60キロ
弾薬数(75ミリ機関砲弾):350発
開発:桜島学園製作所
製造:桜島学園製作所
仙台重工(ライセンス生産)
採用国:南九州陸軍
東北陸軍
[特徴]
九州53式装軌戦闘車の発展改良型。
場合によっては打撃力不足気味だった53式の火力を増強するために主砲を75ミリ機関砲(発射速度毎分150発)に換装した。
それに伴い、重量が2t増加、エンジンも強化された。そのため、走行性能は逆に強化された。
また、53式の打たれ強さ(タフさ)、整備のしやすさなどを受け継いでいる。
53式の車体傾斜機構は省略されているが、砲塔が大型化したため取れる俯角の範囲が広まり、53式同様の稜線射撃が可能である。
2月12日の一連の戦闘には1個中隊14両が参加した。
主砲の60口径75ミリ機関砲から放たれる砲弾の砲口初速は撤甲弾でマッハ5に達し、着弾時には砲弾がユゴニオ弾性限界を突破、5秒の射撃で3キロ先の500ミリ厚の鋼鉄装甲を貫徹可能である。
なお、装甲は1150年代の他の戦車同様にモジュラー装甲で薄く、正面装甲でも通常の鋼鉄で50ミリしかない。
電子機器は九州53式装軌戦闘車E型に準じており、互換性もある。
[バリエーション]
試作型、九州54試装軌戦闘車(1154年):試作車。九州53式装軌戦闘車A型から5両が改造された。主砲を75ミリ機関砲に変え、新たな砲塔に変えたのみで車体傾斜機構は搭載されたまま。そのため、車高が増加試作型やA型よりやや高い。
増加試作型(1154年):試作型のエンジンを積み換え、車体傾斜機構を撤去したもの。2両が改造された。
A型(1155年):第一次量産型
T型(1156年~):東北向けタイプ。砲塔左右に荷物ラックを追加している
B型(1155年~):53式からの改造型。車体傾斜機構なし
C型(1155年~):53式からの改造型。車体傾斜機構を残しているため、車高がやや高い。
D型(1156年~):第2次量産型。1156年のクラックゥの南九州侵攻によって大量の車両が失われた穴埋めとして製造された。そのため粗艦乱造で、電子機器が非常に貧弱、モジュラー装甲も正規の鋼鉄ではなく、安価なベニヤ板で代用されている。
[派生型]
九州55式火力支援車:シャーシを流用、連装式高速対クラックゥ66ミリロケット弾発射機を装備した。
東北55式駆逐装軌車:シャーシを流用。ヘッツァーのような無砲塔の車体に50口径160ミリ滑腔砲を搭載した。




