第七話 ロザリーと烈女
ミレイユが十五歳だと知ったのは、ロザリーが修道院へ来てしばらく経ってからだった。
その日の午後、二人は食堂で乾いた布を畳んでいた。ミレイユはいつもの縦巻きの髪を一つにまとめ、手だけは休めず、ロザリーが畳んだ布の端を見て眉を寄せている。
「少しずれていますわ」
「このくらいなら同じでしょう」
「同じではありません」
「テレーゼみたいなことを言わないでください」
「帳簿女と一緒にしないでくださる?」
そう言いながら、ミレイユはロザリーの畳んだ布を取り、端を揃えて畳み直した。
「あなた、本当に細かいですね」
「雑よりよろしくてよ」
「それに、随分ここに慣れていますよね」
「当然でしょう。三年もおりますもの」
ロザリーの手が止まった。
「三年?」
「ええ」
「おいくつでしたっけ」
ミレイユが露骨に嫌そうな顔をした。
「十五ですわ」
「……十二歳から?」
「あら、計算できましたのね」
いつもの嫌味だったが、ロザリーは言い返せなかった。十二歳。貴族の娘なら、ようやく社交の場へ顔を出す機会が増え、家によっては婚約者との付き合いを本格的に始める頃だ。とはいえ、まだ子供でもある。少なくとも、家から追い出されて修道院へ送られるような年齢だとは思っていなかった。
「十二歳で、どうしてここへ?」
「いきなりなんですの?」
「聞いてはいけませんでしたか」
「別に。面白い話でもありませんけれど」
ミレイユは次の布を手に取った。口調は普段と変わらなかった。
「母が男を作っていたのよ」
「……お母様が?」
「ええ。それが家に知られたの」
あまりにも平然と言うので、ロザリーの方が返事に困った。
「それで、わたくしまで疑われましたの。この子は本当に父親の娘なのかしらって」
「そんな」
「母が不貞をしていたのだから、疑う方が出るのは当然でしょうね」
ミレイユは布の端を揃えながら続けた。
「ちょうど、その頃には婚約が決まっていましたの。恋だの愛だのではなく、家同士の政略結婚ですわ。けれど相手方からすれば、父親が誰かも分からないかもしれない娘を、そのまま迎える理由はないでしょう?」
「それで、婚約を……」
「破談にされたわ」
ミレイユはそこでようやく手を止めた。
「それだけなら、まだよかったのかもしれませんわね」
婚約は家同士で決めたものだった。十二歳のミレイユが望んだわけでも、相手の少年と恋をしていたわけでもない。それでも破談となれば、両家の間で交わされていた話も、周囲への説明も必要になる。母親の不貞が原因だった。本来なら、それで終わる話だった。けれど、そうはならなかった。
「相手の家は、母の不貞だけを理由にしたくなかったのでしょうね。わたくしの血筋に疑いがある。だから婚約は続けられない。そういう形になったわ」
「ミレイユは何もしていないでしょう」
「そうですわね」
「なら、どうしてあなたが責任を取ることになるのですか」
「さあ?」
ミレイユは肩をすくめた。
「理不尽だとしても、十二歳のわたくしに何かできまして?」
その言い方に、ロザリーは黙った。ミレイユは笑っている。いつもの、少し人を馬鹿にしたような笑い方だった。
「父も、親戚も、婚約者の家も、皆で話し合ったのでしょうね。母は家から追い出された。婚約もなくなった。では、その婚約を壊した娘をどうするか。わたくしをそのまま社交界へ置いておけば、誰の娘なのかといつまでも噂されるでしょう?」
だから、修道院へ送られた。問題を起こした貴族令嬢が最後に送られる場所へ。
「でも、本当にお父様のお子様だったのでしょう?」
ロザリーが尋ねると、ミレイユはあっさり頷いた。
「ええ。後になって、父の娘で間違いないと分かったそうですわ」
「それなら、家へ戻れたのでは?」
「どうして?」
「どうしてって……疑いが晴れたのですから」
「婚約はもう破談になっていましたもの」
ミレイユは不思議そうにロザリーを見た。
「一度処分した娘を、わざわざ迎えに来る理由がありまして?」
「でも、間違っていたのでしょう」
「そうですわね」
「それだけですか?」
「それだけよ」
ロザリーには、どうしても腑に落ちなかった。間違いだったと分かったなら、謝ればいい。迎えに来ればいい。十二歳の娘を家へ戻せばいい。けれど、ミレイユの家族はそうしなかった。婚約はすでに壊れ、ミレイユは修道院へ送られている。家にとっては、それで片づいた問題だったのだろう。
「……腹が立たなかったのですか」
ミレイユがロザリーを見た。
「立ちましたわよ」
即答だった。
「今でも腹が立っていますもの」
そこで初めて、笑みが消えた。
「母が男を作ったことも、父がわたくしを守らなかったことも、婚約者の家が簡単に切り捨てたことも、全部。でも一番嫌だったのは、わたくしには何も決められなかったことですわ」
十二歳だった。母親が何をしたのか知らされ、突然、自分の父親まで疑われた。婚約は破談になり、修道院へ行くことも決められた。そこに、ミレイユがどうしたいのか、どう思っているのかに目を向ける者はいなかった。
「嫌だと言っても?」
「言いましたわよ。随分騒いだと思うわ」
「容易に想像できますね」
「どういう意味ですの?」
「そのままの意味です」
ミレイユが睨んだが、ロザリーはもう謝らなかった。しばらくして、ミレイユが鼻を鳴らす。
「でも、何を言っても変わらなかった。十二歳の子供が怒ったところで、大人が決めたことをひっくり返す力なんてありませんもの」
ミレイユは自分の手元へ目を落とした。
「だから、もう決めましたの」
「何をです?」
「自分のことは、全部自分で決めますわ。誰の意見も聞きません」
その言葉を聞いて、ロザリーには初めて、ミレイユが修道院で誰よりも偉そうに振る舞う理由が少し分かった気がした。
「ほら。わたくしには、権力が似合いますでしょう?」
そう言って、ミレイユは得意げに笑った。新人が来れば真っ先に様子を見に行く。誰かが規則を破れば口を出す。自分の意見を隠さず、嫌なものには嫌だと言う。ただ性格が悪いだけなのだと思っていた。いや、それはもちろん、間違ってはいないのだろう。
「でも、性格は昔からなのでしょう?」
ロザリーが尋ねると、ミレイユは胸を張った。
「当然ですわ」
「そこは否定しないのですね」
「どうして直す必要がありますの?」
「もう少し人に優しくしようとは?」
「思いませんわ」
迷いもない。
「わたくし、自分の性格を気に入っていますのよ」
ロザリーは思わず笑った。
「何がおかしいの?」
「いえ。安心しました」
「何がです?」
「全部過去のせいだと言われたら、どうしようかと思ったので」
「失礼ですわね」
ミレイユが布を一枚投げてよこす。ロザリーはそれを受け取った。
「十二歳の頃から、そんな性格だったのですか?」
「もっと可愛らしかったですわよ」
「え?信じられませんね」
「喧嘩を売っていますの?」
いつものミレイユに戻っていた。そこへヴェロニカが食堂へ入ってきた。
「楽しそうね」
「ロザリーが失礼なことばかり言うのよ」
「あら」
「ヴェロニカ様も何か仰って」
「何を?」
「わたくしは昔から可愛らしかったと」
「そうねえ」
ヴェロニカは少し考えるように頬へ指を添えた。
「今も可愛らしくてよ」
ミレイユの機嫌が一瞬で直った。
「ほら!」
「性格の話はしていませんよ」
「うるさいわね」
ロザリーはまた笑った。
十二歳で家を追われた少女は、三年が経った今も高飛車で、我儘で、誰かに合わせて自分を変える気など少しもない。けれど、それを可哀想だとは思わなかった。
むしろ、何も決められなかった十二歳の頃とは違い、今のミレイユは自分で決めることに、ひどく貪欲なのだとロザリーは思った。




