第十三話 ロザリーの計画
王太子へ繋がる資料に目印をつけた後も、ベルク家についての話はそのまま続いた。
食堂の大きな机には、これまでに集めた資料が広げられている。ロザリー名義で作られた偽の書類、実際には納められていない品への支払い、ドロテアが家政を任されるようになってから増えた不自然な出費。王太子に関するものだけを除いても、確認しなければならないことは十分に残っていた。
「これからのことなのですが」
ロザリーが呟くと、ヴェロニカは刺繍を膝へ置いた。
「どうしましたか?」
「お義母様とコレットのしたことは、かなり分かってきました。でも、このままでは、まだあと一手が足りませんよね」
「あら」
ヴェロニカの口元がわずかに上がった。
「何です?」
「いいえ。続きをどうぞ」
以前なら、何をすればいいのかヴェロニカへ尋ねて、その答えを待っていたかもしれない。けれど今は、自分の家のことだった。誰が何をしたのか知りたいと決めたのも、その責任を取らせたいと決めたのも自分である。最後まで誰かに考えてもらうつもりはなかった。
「では、わたくしがされたように、偽の書類を作って、コレットにも罪を被せるというのはどうでしょう?」
ヴェロニカは不思議そうに首を傾げた。
「あら、どうして、そのようなことを?」
「どうしてって、復讐ですから」
「今回は、わざわざ偽の書類なんて用意する必要はなくてよ」
細い指先が、テレーゼのまとめた資料を軽く叩く。
「こちらからそのようなことをしなくとも、もう充分に罪を重ねていらっしゃるでしょう?」
ロザリーは顔を上げた。
「では、証拠を公にするだけですか? それだけでは、まだ言い逃れされる余地が残りますよね」
テレーゼが答えた。
「過去の記録だけでは、ドロテア夫人が勝手にした、使用人が間違えた、自分は知らなかったと言い逃れられるものがあります。コレット嬢が直接関与したと証明できるものも、まだ十分ではありません」
「そうですわね。ですから、ここからは本物の書類で、本当に罪を犯していただきましょう。こちらの思う通りに、ご本人に動いていただくのですわ」
ヴェロニカは楽しそうに微笑んだ。
「すでにこれだけ罪を重ねていらっしゃるのですもの。今さら一つや二つ増えたところで、大した違いはありませんでしょう?」
「なるほど、本人が自分でやってくれれば、一番早いわね」
「そんなに都合よく動きますか?」
「動きたくなるような、餌を撒くのですわ」
ミレイユが楽しそうに言った。
テレーゼが一枚の書類をロザリーの前へ出した。それは、ベルク子爵家へ持ち込む予定の取引についてまとめたものだった。いくつかの商会と貴族家が関わる話ではあるが、取引自体に違法なところはない。条件も悪くなく、正式に契約すればベルク家にも利益が出る。
「本当に利益が出るのですか?」
「出ます」
テレーゼは即答した。
「数字をごまかしてはいません。契約内容にも問題はありません」
「では、お父様が普通に承認したら?」
「何も起こりません」
「それでは意味がないのでは?」
「正規の手続きをすれば、です」
テレーゼは書類の署名欄を指した。ベルク家の資金を動かす以上、当主であるグレゴールの承認が必要になる。ロザリーはしばらく書類を見ていた。
「コレットがこれを横取りしたくなるように、話を持ち込むつもりですの」
ミレイユが言った。
「正式にお父様へ持っていけば時間がかかる。けれど、すぐに契約すれば大きな利益になる。そこで、あの方がどうするかを見るのですわ」
「お父様の署名を自分で書くと?」
「そうなると思っているのだけれど」
ヴェロニカがロザリーを見る。
「あなたはどう思う?」
ロザリーは書類から顔を上げた。
「しないと思います」
全員の視線が集まった。
「コレットは、自分で危ないことをするのが嫌いです」
「でも、あなたの署名は偽造したのでしょう?」
カミラが尋ねる。
「ええ。でも、あの時も一人で全部やったとは思いません。お義母様がいたからです」
ロザリーは少し考えながら続けた。
「コレットは欲しいものがあれば手に入れようとします。でも、失敗した時に自分だけが悪くなるようなことは嫌がります。今回の話をそのまま持っていけば、お義母様に相談すると思います」
「署名を偽造させるのも?」
「おそらく」
「どうしてそう思うの?」
ヴェロニカが尋ねた。以前なら、妹を疑うような答えを口にするだけで躊躇していた。今は違う。ロザリーは自分の知っているコレットを、家族だからという理由で庇わずに考えた。
「お義母様がやったことなら、コレットは知らなかったと言えますから」
ロザリーは答えた。
「上手くいけば自分も得をする。失敗したら、お母様がしたことだと言える。コレットなら、そちらを選びます」
「では、このままでは駄目ですわね」
ミレイユが頬杖をついた。
ロザリーはもう一度、契約書を見た。ベルク家にとって利益のある取引で、正式に父が承認すれば何の問題もない。だからこそ、コレットに父を通さず契約させなければ意味がなかった。
「まず、コレットはお金だけでは動かないと思います」
「そうなの?」
カミラが尋ねた。
「お金が嫌いなわけではありません。でも、あの子が欲しがるのは、お金そのものより、欲しいと思ったものです」
ロザリーは少し考えた。
「それも、目の前にあって、今手に入れなければ誰かに取られるもの」
ヴェロニカが微笑んだ。
「では、何か欲しがりそうなものを用意しましょうか」
「取引を成立させた人への謝礼という形にはできませんか? お金ではなく、宝飾品か何かを」
テレーゼが契約書へ目を落とした。
「契約条件に含めて、当主が承認するのであれば問題ありません」
「何を欲しがるかは、コレット自身に選ばせた方がいいと思います。いくつか見せて、一番欲しがったものを使ってください」
「なるほどね」
カミラが笑った。
「家も儲かる。自分は欲しいものがもらえる。どちらも損をしない話に見えるわけね」
「はい。それから、考える時間をあまり与えない方がいいと思います」
「お母様へ相談するから?」
「ええ。何日もあれば必ず相談します。でも、今日決めなければ他の家へ話が行くと言われたら、先に押さえようとすると思います」
「人に取られるのがお嫌いなのね」
ヴェロニカが言った。
「昔からそうでした」
ロザリーは契約書の署名欄を指した。
「最初は普通に外商として来てもらえませんか?」
「品物を見せて?」
「はい。コレットが自分で欲しがったものを使う方が自然です。手が届かないと分かったところで、別の方法がありますと契約の話を出してください」
「なるほどね」
「その契約がベルク家にとっても利益になると分かれば、怪しまないと思います。最後に、今日決めなければ他の家へ話が行くと伝えてください」
「随分具体的になりましたわね」
ミレイユが楽しそうに言った。
「コレットのことなら分かりますから」
以前は、その性格を妹だからと受け入れるだけだった。今は、それをどう使えば動くのかまで考えられる。
「問題は、誰がこの話を持っていくかね」
カミラが契約書を指先で叩いた。
「こっちとの繋がりが知られている人間は使えないわよね。かといって、商人らしく振る舞える人なんている?」
「その点なら、適任がおりますわ」
ヴェロニカが言った。
「どなたです?」
ロザリーが尋ねると、ヴェロニカは食堂の入口へ顔を向けた。そこには、いつから聞いていたのか、ヘルミーネが立っていた。
「ヘルミーネ」
「承知いたしました」
「……院長が?」
ロザリーは思わず聞き返した。
「何か問題でも?」
「いえ。ただ、商人のふりなどできるのですか?」
「必要であれば」
それだけだった。
カミラが吹き出す。
「院長、本当に何でもやるのね」
「必要であれば」
二度目も同じ答えだった。数日後、ロザリーはその言葉の意味を知ることになった。




