第6章:すべての始まり
私が実験ラボに足を踏み入れると、エアコン特有の匂いと、あの大きな管から漏れる緑色の光が、俺の執着の謎を解き明かそうという気持ちをさらに高ぶらせた。
「タイムマシン」
シュッ……
「あ、アラタさん、おはようございます」
部屋に入ったばかりの俺に、誰かが声をかけてきた。
「おはよう、アンドくん」
俺は挨拶を返しながら、彼の後ろにもう一人立っているのに気づいた。
「おお、ジョセフももう来てたのか、お前ら若いのに本当に真面目じゃな」
「おはよう、ジョセフ!」
俺はジョセフの方へ歩み寄り、握手を交わした。アンドはその間に、あの緑の管の前にある制御パネルの方へと離れていった。
「おはようございます、所長」
ジョセフも握手を返した。
「コーディングの方はどうじゃ?」
俺は会話を切り出した。
「昨晩、家でデータを漁って確率計算を回してたら、いくつか座標を見つけてな」
「私たちも同じです、所長!」
アンドくんが制御パネルからこちらへ振り返りながら口を挟んだ。
「昨晩、二人で協力してプログラムを最終段階まで持っていきました。あとは所長からいただく、いくつかの補助変数だけです」
彼は軽く手振りを交えながら説明した。
「そうか、よくやった、二人とも!」
本当に勤勉な若者たちじゃ。
「よし、じゃあ最後の変数が、今のところの俺からの最終指示じゃな。始める時に伝えるから、これが最後の変数にして始まりになるはずじゃ!!」
俺はそう言いながら、少し手を上げた拍子に、鞄を落としそうになった。
「はい所長、私もアンドくんと協力したおかげでプログラミングは最終段階に達しました。あとはいくつかの変数と、おそらく所長の座標を加えれば完成です」
ジョセフも軽く手振りを交えながら説明した。
こいつら、本当に勤勉じゃな……こんなに優秀なのに、企業に行かずここで研究を続けているのが少し意外じゃ。
「……本当にありがたいことじゃ」
俺は小さく呟いた。
自分の机へと再び歩いていく。そこには、先ほど書き散らした資料や数式が広げられたままになっていた。持っていた鞄を下ろし、資料の一部を手に取ると、家から持ってきたものと照らし合わせ始めた。
「よし、みんなこっちに集まってくれ」
俺は手を叩きながら二人に声をかけた。すると彼らはこちらへ歩み寄ってきた。
「さっき言った通り、俺たちの宇宙の元初の時間座標を見つけたんじゃ」
その瞬間、それまでの穏やかだった空気が一気に静まり返った。その言葉が俺の口から出た途端、二人は黙り込んだ。静寂の中、稼働中の機械音がいつもよりずっと大きく聞こえ、エアコンの唸りも一層強く感じられ、部屋全体に冷たい空気が漂った気がした。
二人は俺の前で身動き一つせず立ち尽くし、その発言をしたばかりの人物をじっと見つめていた。
「え……えっ?! ちょ、ちょっと待ってください所長……今、宇宙の……元初の時間って言いましたか?!」
アンドくんが思わず口にした。
二人はショックを受け、困惑していた。いや.......これは、ちょっとした天体物理学の計算に過ぎんのじゃがな。
はぁ……なんでこんなに静かになったんじゃ。俺は内心で愚痴をこぼしながら、この沈黙を破っていつも通りに戻す方法を考えた。こういう風に急に空気が死んだように静まり返るの、本当に嫌いなんじゃ、分かるか!
「まあ……要するにこのコードを使えば、今の時間を俺たちが望む任意の時間に変えられるってことだ」
俺はできるだけ単純に説明し、急な緊張を和らげようとした。
「例えば、今が七十八兆年と六十五週と四十五日だとしよう。その数字を、俺たちが望む年に変えることができるんじゃ」
俺は部屋の隅からホワイトボードを引っ張ってきて、二人のために図を描いた。真っ直ぐな線、完璧な円、そして必要なプログラミングの図をボードに描き出し、全体像を示していく。
よし、俺が今設計しているこのタイムマシンの仕組みを教えといてやろう。これは、俺が今のところ『真の年齢』と呼んでいる、宇宙のある特定の数値に基づいているんじゃ。
これは、光の速度と、ビッグバン後に起こった膨張と形成過程の期間を掛け合わせて算出しているんじゃ。
イメージとしてはこうじゃな、密閉されたゴム製の容器に空気を入れて膨らませているところを想像してみろ。空気を送り込む者によって、その膨張していく空間の中に原子や水素といった物質が満たされていく。
時間が経つにつれ、その物質は冷え、重力によって集まり、やがてゴムの中に宇宙の塵を形成する。これを惑星形成の過程に当てはめると、数十億から数兆年という長さに及ぶんじゃ。
まさにそこで、俺のタイムマシンの出番というわけじゃ。容器の初期膨張とその内部空間の広がりから、物質が冷えて集まり地球を含む惑星になるまでの過程を辿ることで、俺たちの宇宙の真の年齢を割り出しているんじゃ。
これは比較的単純な工程でな、宇宙の真の年齢を割り出すのにそう時間はかからん。
タイムマシンが働くのはそこからじゃ。俺たちが望む時間と現在の時間を繋ぎ、その時代へと俺たちを送り込む
俺はそう説明しながら、ホワイトボードに図解を描いていった。
理論と分析について詳しく説明し終えると、二人は黙り込んだ。
俺が話し終えてからも、しばらく部屋は静まり返っていた。だが数秒後、アンドくんがその沈黙を破った。
「所長……これ……本当にうまくいくと思いますか……?」
アンドくんはためらいがちに尋ねた。
「もちろんじゃ、『ビッグバン』の事象を起点に、時間の始まりはすでに計算済みじゃ。そしてその結果、今この瞬間、俺たちは百五十四京年と二千八百九十四ヶ月と百二十五週と二十三日目にいるということが分かった」
俺はさっき書いた数字を消し、今言った数値を書き記した。
二人は再び黙り込み、数秒後、困惑したような視線を交わし合った。単に現在の時間から起点を引き算しただけの、基本的な計算に過ぎないのだがな。おいおい、そこまで驚くことはないだろう。
「所長……あなたは……本当に、天文計測学の天才ですね」アンドウくんが俺にそう言った。「まあいい、じゃあ何を待っているんだ? さっそく始めるぞ」
俺は意気込んで二人に言った。
「はい、所長!!」
それぞれが作業に取りかかった。アンドウくんはあの大きな緑の管の制御パネルに戻り、いくつかのスイッチを調整して、構造と電気系統の最終セットアップを仕上げていく。
一方ジョセフは、大きな緑の管のすぐ隣にある自分の机に戻り、俺がさっき渡した最終変数を入力していった。
俺はホワイトボードを元の場所に戻し、作業机に座って、様々な可能性とデータの数値をメモし計算し始めた。
そうして、俺が二人に理論を説明してから、五時間が経過していた。




