第5章:旧友との再会
歩道は色とりどりの服を着た人々でごった返し、その多くはスマホに目を落としながら歩いている。行き交う車の轟音が耳の中で大きく響き、立ち止まって話し込む人々の会話の切れ端がふと耳に流れてくる。今のこの通りは本当に混雑していて、俺と同じような仕事鞄を提げた人が何人も行き来していた。
タッ……タッ……タッ……タッ。
今日こそ絶対にやってやるぞ!!」
右拳を前に突き出す。研究所に着くまで待ちきれない。
「ふむ……昨日コメントに返信してた時、あのプロジェクトを見返して解決策を見つけたんじゃ。うまくいくはずじゃ。ラボでの準備もたくさんしてある。今日こそきっと―」
ドスンッ……
「痛っ……」
「わあっ……」
俺たちは尻もちをついて歩道に座り込んだ。周りの人々は、まるで何かを恐れるかのように避けて道を空けていく。
「うぐっ……うぐぅ……前見て歩けよ、奥さん」
俺はぶつぶつ言いながら、痛む肩をさすった。
「わあっ! レ、レン! 久しぶりだね、元気だった?」
まるで俺を知っているかのような態度で、その女は正面からぶつかるように突っ込んできて、そのまま調子を訊いてきた。世間の人間は皆、他人に対してこんなことを平気でするものなのだろうか??
「ああ、元気だぞ.....」
そこで言葉を止め、女の顔をじっと見つめた。
「あ……ユウ?! なんでここに」
俺は地面から立ち上がり、まだ座り込んだままの彼女に手を差し出して助け起こした。
「今頃、海外にいるはずじゃなかったのか……?」
「ハハ……ありがと、レン」
彼女は笑いながら俺の手を掴み、立ち上がった。
「相変わらずだね。相変わらず不器用な人」
……は?
「今はね、うちの会社と提携してる会社と社員交換してるの」
彼女はそう説明しながら、服の乱れを整えた。
コイツ一体何なんだ……
「あ、そ……そりゃよかったな……あともう一つ、俺は不器用じゃない」
俺は眉をひそめた。
「ハハ、オッケーオッケー〜」
彼女はくすくす笑うと、ふと何かが気になるように俺の鞄へと視線を向けた。
「その鞄背負って、どこ行くの?」
ユウの中で、何やら妙な考えが浮かび始めていた。
「ほおぅ……当てようか、お前多分―」
「違うわよ」
すぐさま彼女は俺の言葉を遮り、続きを言わせまいと片手を挙げて止めた。
「あの頃俺をいじめてた連中みたいな、ニートじゃないんじゃ。今は仕事してる建物に向かってるところじゃ」
「えっ……ふぅん、仕事……?」
「そうじゃ、仕事じゃ」
俺はきっぱりと答え、リュックの肩紐を締め直した。
「まあいい、お前時間の無駄じゃぞ。もう職場に着いてなきゃおかしい時間だろう?」
「あーもう、レンってつまんない」
ユウは唇を尖らせたが、その悪戯っぽい態度は一瞬にして消え去った。彼女は俺の方へと身を乗り出す。
「ねえレン、まだ―彼女のこと、好きなの?」
「な……誰のことじゃ?」俺は完全に不意を突かれ、少し動揺しながら口ごもった。
「知らないふりしないでよ……2015年からずっと今まで、まだ吹っ切れてないんでしょ?」
彼女は腹の前で腕を組み、俺を威圧しようとするかのように眉を寄せた。
「名前、言ってあげようか?」
「はっ?! いらん、悪い! え……えほん、そういうのはもう忘れたし、誰のことかも覚えてないんじゃ」
俺は嘘をついた。声が思わず防御的になる。
「へえ……嘘つくの下手すぎ……言っちゃうから!」
そう言うと彼女は鞄からスマホを取り出し、俺の目の前に誰かの写真を見せつけた。
「この子でしょ」
「ホシノ……アイラ……」
ドクン……
「好きだよ、レンくん〜」
「ハハハ……レンくん〜……お前、本当に可愛いな!」
「こんにちは、レンくん!!」
「えー……ずるい、それ反則だろ!!」
「レンくん〜」
この感覚。急に体が燃えるように熱くなり、目が落ち着きなく泳ぎ、激しいめまいが頭を襲った。まるで急激なアドレナリンが押し寄せてくるような感覚で、それが本当に息苦しかった。
「は……はは……だ、誰じゃそれ?! 知らんぞ」
「チッ、もういいから! 素直に認めなさいよ」
「なんでそんな気になるんじゃ?! はぁ……そ……そうじゃな、正直言うと……今でもまだ少し引っかかってるんじゃ」
俺の声が低くなる。
「今でも頭から離れないんじゃ。だ、だからって何か期待してるわけじゃないぞ!!」
「で? まだ好きなんだ?」
彼女の目がさらに細くなり、体をより近くへと寄せてきた。
「そ……そうじゃな、まあそんなところじゃ……」
俺は右手で頭を押さえた。
「ふふ……レン」
ユウはそう呟くと、突然込み上げた何かを隠すように、慌てて左手で口を覆った。
「なんだよ」
「んーん、なんでもない……まあいいや、頑張ってね。私、そろそろ職場向かうから、またね!」
返事も待たずに、彼女は俺から走り去っていった。
「変な女じゃ」
俺はその場に立ち尽くし、あんな速さで走り去っていく彼女を見送った。
待て、あの歳であんなに速く走れるのか?! 「はぁ……」
今回みたいな予想外の出来事は、いつもの俺の日課から本当に外れていた。通りは再び賑やかさを取り戻し、雰囲気も瞬でいつも通りに戻る。あ....そういえば、彼女のこと説明しなきゃだったな。
はぁ……仕方ない。
彼女はシノハラ・ユマ。なぜか俺たちはお互い下の名前で呼び合う仲になっていて、中学時代に俺が好きだった子の親友の一人じゃ。
俺があの子を落とせるよう、いつも応援してくれてた張本人でもある。まあでも、あいつはああいう性格でな、正直本当にイラっとくるし、さっきわざとぶつかってきたに違いない。
そんなことを考えながら、俺は自分のラボがある建物へと再び歩き出した。
それに加えて、彼女は俺が今まで会った中でも指折りに頭が良い奴じゃ。あの頃、今や世界トップの大学であるMITにまで合格しておった。少し嫉妬すら覚える。それ以外は……ふむ、実はあまり彼女のことをよく知らんのじゃ。
急に俺の隣に現れて、当時俺が惚れてた彼女の友達、アイラちゃんを紹介してきたのがきっかけだったからな。
「はぁ……本当に疲れたぞ」俺は思わず独り言をこぼした。
そういえば、この通りの様子はすごいな。人でごった返し、車もひっきりなしに通り、あちこちで会話が飛び交い、しまいには道の真ん中で猫まで急に騒ぎ出す始末じゃ。
数分歩いた末、ようやく技術解析ビルの扉の前へとたどり着いた。
シュッ……
自動ドアが滑らかな音を立てて開いた。
「おはようございます、アラタさん」
いい警備員だな。「おはよう」
俺は軽く微笑みながら返した。
そう、ここじゃ。すべてが始まった場所。失望も、喜びも、悲しみも、全部ここから始まった。技術研究ラボ―
「おはようございます、所長!」
話の途中で割り込むな、おい!!
「お、おお……はは、おはよう……ドルくん……今日も元気そうじゃな」
俺は言葉を途切れさせた。せっかくの詩的な思考が、彼の大声で一瞬にして粉々になった。
「もちろんですよ所長! なぜなら新しいデザインが……」
そしてそのまま、彼は延々と喋り続け、一向に終わる気配がなかった。三十分後―
「以上です、所長!」
「そ、そうか、よし、頑張れよ! お前なら絶対そのプロジェクト成功させられるはずじゃ、なぜなら俺たちのビジョンは……」
「技術に妥協はない!!!」
ドルが突然、俺の前で声を張り上げた。
「し、しー……もういい、分かった……」
彼のせいで、近くにいた社員全員が固まり、揃ってこちらへ視線を向けてきた。
「あっ、見て、アラタさんだ。おはようございます所長」
「おはようございます、所長!」
はぁ……なんて疲れる空気じゃ。まあいい。
「ふぅ……お前は本当にすごいな、ドルくん」
小さく笑いながら、両肩に手を置いた。
「わあっ! ありがとうございます所長!」
ドルの目が大きく見開かれた。
変な奴じゃ……まあいい。
俺はドルの元を離れ、すれ違う社員たちに朝の挨拶をしながら自分のラボへと向かった。
ここは、あらゆる研究分野の卒業生が集まる場所じゃ。企業や省庁への就職に苦労した者たちが、この組織で最新技術の研究と発見に直接携わる道を選ぶ。なかなかいい気分で、実験室へと歩いていく。
廊下ですれ違う研究員たちは、いつも礼儀正しく挨拶をしてくれる。
まあ、そう扱われる理由も分かる気がするがな。




