第3話:僕の異常な日常
これは、大学を卒業してからずっと夢見ていたタイムマシンを作ることに、俺が取り憑かれたように没頭してきた物語だ。
なぜかって?全部やり直したいからだ。
あの頃の俺は、何をやっても負けていた。恋愛で負け、競争で負け、コンテストで負け……そして、ありとあらゆる敗北を受け入れなければならなかった。
まるで難破船のように散らかった部屋。その中で唯一の光源となっているのは、モニターの画面だけだった。たぶん、傍から見れば無職の男にしか見えないだろう。だが――
ギィィ……。
「はぁ……おい……レンじさん。寝る前にコンセントを抜けって、言わなかったか?」
ドアの前に立ったアマミヤ・シオリは、腕を組みながら厳しい口調で叱りつけた。
彼女の言う通り、「レン、アラタ・レン」というのが俺の名前だ。だが、なぜ自分がそんな名前を付けられたのか、その理由はもうずっと前に忘れてしまった。
「おいっ!!」
は俺が半分眠ったまま座っている椅子まで歩いてくると、勢いよく椅子を回転させた。
「もう……本当にどうしようもない人ね……」
首を横に振りながら呟いた。
「寄付してくれる人じゃなかったら、とっくにここから追い出してるのに」
そう言いながら、アマミヤ・シオリは冗談めかして拳を握る。しかし、その目はすでに散らかった部屋の中を隅々まで見回していた。
「もう……何なのよ、この部屋……」
「本当に……本当にひどい。積み上げられた本、そこら中に散らばったケーブル、空になった飲み物の缶、インスタント食品の包装、それに……最後にいつ着たのか本人すら忘れてそうな服まである、これ……もう部屋なんて呼べないわよ。ゴミ捨て場じゃない……」
「うぅ……ふぁああ……」
俺は大きく身体を伸ばすと、そのまま再び眠りについた。
彼女は腰に手を当てながら、ずかずかとこちらへ近づいてきた。
「おっさん、起きろ……! 朝だよ。今日は研究所で仕事があるんでしょ!?」
「ふぁああ……」
盛大なあくびを漏らし、目にこびりついた目やにをこすりながら、無理やり上体を起こす。
「ふぅ……ん……? な……なんだよ……。なんで……こんな朝っぱらからそんなにうるさ……いんだよ……」
「うるさくならないほうがおかしいでしょ!? もう、この部屋を見てよ!」
彼女は呆れたように言いながらも、強い口調で言い放った。
「チッ……。どうでもいいだろ~」
俺は舌打ちし、面倒くさそうに手をひらひらと振ると、再び椅子の背もたれに体を預けた。
「別にいいだろ? ここに来るのなんて、俺とお前くらいなんだから……」
彼女は両手を腰の横でぎゅっと握りしめ、呆れたように目を細めた。
「はぁ……。こんな場所で暮らしていて、よく人間として生きていられるわね……」
「ん? まあ……ここは俺の私設研究所ってやつだからな」
俺はそう言い返し、気だるげながらも自信満々な笑みを浮かべた。
「研究所? へぇ……」
彼女は胸の前で腕を組み、呆れたように鼻を鳴らす。そして、積み上げられた大量のカップ麺の山を指差した。
「これのどこが研究所よ。ゴミ捨て場の間違いじゃない?」
「……」
その言葉を聞いた瞬間、俺は目を見開き、眉間に深いしわを寄せた。
「はぁ? け……んきゅ……うじょ!……ぅ……」
俺は意地でも引き下がらなかった。
「ゴミ捨て場!」
彼女は間髪入れずに言い返してきた。
一切の迷いもないその即答ぶりに, 四十を過ぎた男のプライドと苛立ちが一気に沸点へと達する。おかげでさっきまでの猛烈な眠気は綺麗さっぱり吹き飛び, 俺は眉をひそめて声を張り上げた。
「研究所だ!」
「ゴミ捨て場!!」
彼女も負けじと、さらに声を大きくして言い張った。
「チッ……」
俺は舌打ちした。
俺たちは互いに睨み合い、緊迫した無言のにらみ合いが続いた。だが、やがてシオリが先に折れた。
「はぁぁ……」
シオリはとても長いため息をつき、疲れ切ったように鼻筋を指でつまんだ。
「もう、レンジジ! ここにまだ住み続けたいなら、さっさとこの部屋を片付けなさい。じゃないと……」
そう言うと、彼女はスマホを取り出し、その画面を俺の顔へ突きつけた。そこには、今にも電話をかけようとしている番号が表示されていた。
「この部屋にあるもの、全部片付けてもらうためにNGOに電話するから!」
「……」
「な、なんだと!?」
俺は思わず声を荒らげた。突きつけられた最悪の現実に背筋が凍りつき, 怒りよりも焦りが一気に込み上げてくる。
「チッ……お前はいったい何がしたいんだよ!? ああ……もう、分かったよ……。俺のことは放っておいてくれ。買い物代がもっと欲しいのか? それなら俺が払うから、もうこの部屋から出ていってくれ……」
俺は痒くもない頭を掻いた。
なぜだか分からない。ただ、彼女の声を聞いているだけで、少しずつ苛立ちが募っていた。
どうしてなのかは自分でも分からない。
けれど、口から次々と飛び出してくる彼女の声を聞いていると、どうにもイライラしてしまうのだった。
「問題はね、あんたがこの部屋から出てくるたびに、ここの臭いが私の聖域にまで染みつくのよ!!」
彼女は怒鳴りながら、腕を組んだ。
「ガラクタだらけの部屋を『聖域』なんて呼ぶなんて、いったいどれだけ神聖なんだよ」
俺は鋭く鼻で笑い、彼女をからかうように言い返した。
実のところ、彼女には大学の研究のために、ありとあらゆる物を集める癖がある。
論文や本、電子部品から、俺ですら名前を知らないような奇妙な物まで。
ただ一つ違うのは、それらすべてが棚にきちんと整理されていることだ。
何もかも整然と並べられているからこそ、彼女はいつもその部屋を「聖域」と呼んでいる。
そして……だからこそ、俺の部屋を好き勝手に批判する権利が自分にあると思っているのかもしれない。
「はぁ!? 少しは自分のことを客観的に見たらどうなのよ!?」
彼女は苛立ちのあまり顔を真っ赤にしながら、甲高い声を上げた。
「チッ……もういい! あっち行け! 俺は絶対にこの部屋を片付けないからな! ここにあるものは全部俺の宝物だ! 誰にも触らせるつもりはない!」
俺も彼女に負けじと怒鳴り返した。
「な、何ですって!?」
シオリは驚きに目を見開き、言葉を詰まらせた。
「このゴミだらけの部屋が……あんたの……宝物……? そんなに達成するのが難しい夢に取り憑かれて、とうとう頭までおかしくなったの!?」
「おい!!」
俺の怒鳴り声に、彼女はびくりと肩を震わせ、怯えたような表情を浮かべた。
その瞬間、俺の中で何かが弾けた。胸の奥で、焼けつくような怒りが一気に燃え上がる。
俺は、誰かに自分の夢を馬鹿にされることが何よりも嫌いだった。
それが何なのか、俺自身にもはっきりとは分からない。
ただ、自分の中にある何かを踏みにじられたような感覚だけがあった。
たぶん俺は、たとえ一番身近な人間であっても、自分の夢を侮辱されることだけは、どうしても我慢できないのだ。
「口には気をつけろ!」
俺は椅子から立ち上がり、彼女と真正面から向き合った。
シオリはびくりと身を震わせ、俯きかけた。だが、それでも引き下がるつもりはないらしく、再び俺の顔を見上げた。頬を赤く染め、今にもこぼれそうな涙を必死にこらえている。
「ああ、もういい! あんたに注意するの、もう疲れたわよ。二週間前から、五か月前から……それどころか、私がまだ大学三年生だった頃からずっと!」
彼女は悔しそうに目を瞬かせ、込み上げてきた苛立ちを必死に抑えながら吐き捨てる。
「はぁ……もう、ここから出るから!!」
シオリはくるりと背を向けた。
ドスドスと踏み鳴らす重い足音が、家全体を揺らすかのように響き渡る。
そして玄関へ向かう途中、彼女は勢いよく振り返った。両手を腰に当て、またしても家中に響き渡るような大声を張り上げる。
「大学の荷物!!」
バァンッ!!
俺の部屋のドアが、勢いよく乱暴に閉められた。
外ではシオリが大学へ向かって歩きながら、ぶつぶつと文句をこぼしている。
「もぉぉ!! あの頑固なおっさん、なんで私があんな人と一緒に暮らさなきゃいけないのよ。というか、私……」
「はぁ……。なんなんだよ、あいつ。変なやつだな……」
俺はそう呟き、再び椅子に腰を下ろした。
「……」
さっきまで部屋を満たしていた重苦しい緊張感は、玄関のドアが大きな音を立てて閉まったのを境に、一瞬で消え去った。家はいつもの死んだような静寂へと戻り、聞こえてくるのはパソコンのモニターが低く発する駆動音だけだった。
「チッ……ふぁああ……」
俺はあくびをしながら、目をこすった。
まあ、いつもこんなものだ。俺の朝は、あの小娘による小言から始まる。
そう、彼女は、俺の後輩にあたる。
大学生である彼女は、今の住まいが大学から遠いという理由で、一時的に俺の家に居候している。
……って、ちょっと待て。
なんで俺が部屋を汚してることで、あいつが怒るんだ?ここ、俺の家だよな?
「ああ、もう……どうでもいいか……」




