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ポーション作りの錬金薬師  作者: レモンティー


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第九十五話 師匠が隠していた、最初の失敗

村の工房は、静まり返っていた。

庭の薬草は雨に濡れ、窓辺にはニナとテオが置いていった小さな花束があった。

ルーシェは調合台の引き出しを開けた。

そこには、古い革表紙の帳簿が入っていた。

表紙に書かれた文字は、かすれている。

『回復薬研究記録・第一巻』

ページをめくると、若い頃のリオンの筆跡が現れた。

今よりずっと勢いがあり、文字の端が跳ねている。

『目標。

傷を治すだけでなく、疲労からの回復を早める薬を作る』

最初の数ページには、失敗した配合が並んでいた。

効き目が弱い。

保存できない。

魔力が安定しない。

そのたびに、細かな理由が書き込まれている。

ルーシェは思わず微笑んだ。

「昔から、こういうところは変わらないんですね」

しかし、次のページで手が止まった。

『第十七試作。

自己投与』

心臓が大きく鳴った。

記録には、リオンが自分自身に試作品を使った経緯が書かれていた。

当時、研究を急ぐあまり、十分な長期観察の計画を立てていなかったこと。

投与直後には疲労が軽くなったこと。


数日後には異常が見られず、研究を続けたこと。

そして、最後の行。

『遅れて現れる影響については、引き続き確認する必要がある』

ルーシェはページをめくった。

だが、その後の観察記録は途切れていた。

代わりに、数年後の別の研究が始まっている。

「……どうして」

彼女は机の上に帳簿を広げた。

自己投与した薬の成分は、今では使われていない古いものだった。

体の回復力を高めるため、魔力循環の一部を長期間変化させる仕組みになっている。

「これ、長寿薬の研究と似ている……?」

ルーシェは首を振った。

似ているからといって、同じ原因とは限らない。

思い込みは危険だ。

彼女は帳簿の最後に挟まっていた薄い紙を見つけた。

日付は、わずか数か月前。

『右手の感覚低下。第十七試作との関連を疑う。要検証』

さらに、その下には短い一文があった。

『ルーシェに伝えるべきだが、まだ確証がない』

ルーシェは紙を握りしめた。

師匠は、何も考えずに黙っていたわけではない。

疑いを持ち、記録し、確かめようとしていた。

それでも、伝えるのを先延ばしにした。

「……馬鹿です」

涙が帳簿に落ちそうになり、慌てて顔を背けた。

「確証がなくても、相談してくれればよかったのに」

ルーシェは帳簿の余白に、当時の研究日程を書き写した。

十七番の試作のあと、リオンは一度、研究を中断している。

理由は『山間部で流行病発生。

現地へ向かう』とあった。

その次の記録は、二か月後だった。

『村の患者は回復。

研究再開。

ただし自己投与の長期観察については記録不足』

ルーシェは目を閉じた。

師匠は、自分の研究より村の患者を優先したのだろう。

それは彼らしい。

けれど、だからといって記録の不足が消えるわけではない。

「誰かを助けるためでも、自分を後回しにしすぎちゃ駄目なんですよ」

帳簿へ話しかけても、返事はない。

彼女は日付を写し終えると、別の紙に大きく書いた。

『推測と確認済みの事実を分ける』

確認できたことは、過去に自己投与があったという事実。

確認できていないことは、それが現在の病気の原因かどうか。

師匠の研究を信じることと、結論を急ぐことは違う。

ルーシェはそれを、自分に何度も言い聞かせた。

棚の奥から、色褪せた写真代わりの肖像画が出てきた。

若いリオンが、まだ誰もいない工房の前に立っている。

自信満々で、少し生意気そうな顔。

ルーシェは思わず笑った。

「若い頃の師匠って、今よりずっと偉そうですね」

笑った途端、涙が出た。

「絶対、助けますから」

肖像画を元に戻し、彼女はもう一度、帳簿の数字へ目を落とした。

彼女は記録の隅に小さな星印をつけた。

ここから先は、師匠の名声ではなく、証拠だけを頼りに進む。

そう決めた。

そのとき、扉が開いた。

ニナとテオが立っていた。

「ルーシェ先生?」

「師匠はどうですか?」

二人の顔は不安でいっぱいだった。

ルーシェは深呼吸した。

「まだ原因を調べています。

でも、手がかりが見つかりました」

ニナは帳簿を見た。

「それ、先生の字ですか?」

「そう。

昔の研究記録」

テオが尋ねた。

「僕たちにできることはありますか?」

ルーシェは少し考えた。

「あります。

工房に残っている古い器具の番号を、帳簿と照合してほしいんです」

「分かりました!」

二人はすぐに動いた。

棚の瓶を一つずつ確認し、欠けた器具にも記された番号を探す。

やがてテオが声を上げた。

「これ、十七番です!」

彼が持っていたのは、小さな金属製の測定器だった。

ルーシェは慎重に調べた。

内部には、当時の薬液の痕跡がわずかに残っていた。

「これなら、成分を再確認できるかもしれない」

彼女は器具を包み、帳簿と一緒に鞄へ入れた。

王都へ戻る前、工房の入口で足を止めた。

木札には、今も同じ言葉が書かれている。

『困っている人は、遠慮なくどうぞ』

ルーシェは小さく呟いた。

「師匠。今度は、私が助けに行きます」

王都の研究室に戻ると、ノエルが待っていた。

古い測定器の痕跡を調べた彼は、しばらく黙っていた。

「……ルーシェ先生」

「何か分かった?」

「この薬、体の回復を早めているんじゃありません」

ノエルは測定結果を指した。

「回復に使う魔力の通り道を、長い間、作り替えていた可能性があります」

ルーシェは息を呑んだ。

もしその変化が、何十年もかけて体に負担を与えていたのだとしたら。

師匠の病気は、遠い昔に飲んだ一滴から始まっていたのかもしれなかった。

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