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ポーション作りの錬金薬師  作者: レモンティー


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第九十二話 薬を作らない工房に、弟子が増えた

田舎の工房に戻って三日目。

リオンは薬を一本も作っていなかった。

代わりに、庭で子どもたちに薬草の見分け方を教えていた。

「この葉っぱ、熱を下げる薬になりますか?」

少年が差し出した草を、リオンは受け取った。

「似ているけれど、違う種類だね。

よく見て。

葉の裏に細い毛がある」

「じゃあ、使えないの?」

「使えるかどうか分からない草は、使わない。

それも大事な知識だよ」

子どもたちは真剣に頷いた。

ルーシェは窓からその光景を見て、少し安心した。

師匠はまだ笑える。

まだ歩ける。

だが、右手の黒い筋は消えていなかった。

午後になると、村の若者が二人やってきた。

一人は粉屋の娘ニナ。

もう一人は鍛冶屋の息子テオだった。

「薬師の勉強をさせてください!」

二人は声を揃えて頭を下げた。

リオンは目を丸くした。

「どうして急に?」

「先生が世界中の人を助けたって聞きました」

ニナは胸の前で拳を握った。

「私も、村の人が困ったときに役に立ちたいんです」

テオは少し照れくさそうに言った。

「俺は器具を作る方が得意だけど、それでもいいですか」

「もちろん。

薬を作るには、正確な器具も必要だからね」

リオンは二人を工房へ招いた。

ルーシェは慌てて椅子を用意した。

「師匠、弟子を取るなら相談してください!」

「相談しようと思ってたんだけど、二人とももう来ちゃったから」

「そういう問題じゃありません!」

その晩、ルーシェは工房の戸棚を整理した。

王都から持ち帰った器具は、古い棚に入りきらない。

高価な検査石をどこに置くか迷っていると、リオンが声をかけた。

「昔は、その棚に薬草が三種類しかなかったんだよ」

「知っています。

私が最初に来た頃ですね」

「覚えてる?」

「師匠が『薬草の名前を百個覚えるより、間違えないことが大事』って言ったのも覚えています」

リオンは笑った。

「そんなこと言ったかな」

「言いました。

だから、最初の一週間は名前の札ばかり書かされました」

ルーシェは棚の札を指でなぞった。

年月が経ち、インクは少し薄れている。

それでも、読みやすいように文字の大きさが揃っていた。

「今度の弟子にも、同じことを教えます」

「そうしてくれると嬉しい」

そのとき、村の診療所から伝言が届いた。

高齢の患者が薬を飲み忘れ、家族が困っているという。

ルーシェは診療所と相談し、服用時刻を記した札を作ることにした。

ニナには札の文字を、テオには箱の仕切りを頼む。

「僕たち、薬を調合しなくても役に立てるんですね」

テオが言うと、リオンは頷いた。

「むしろ、こういう仕事が人を助けることも多いんだ」

ルーシェは二人の顔を見た。

新しい弟子を迎えるのは、知識を教えるだけではない。

どんな仕事に価値があるのか、一緒に見つけていくことなのだ。

その晩、ルーシェは工房の戸棚を整理した。

王都から持ち帰った器具は、古い棚に入りきらない。

高価な検査石をどこに置くか迷っていると、リオンが声をかけた。

「昔は、その棚に薬草が三種類しかなかったんだよ」

「知っています。

私が最初に来た頃ですね」

「覚えてる?」

「師匠が『薬草の名前を百個覚えるより、間違えないことが大事』って言ったのも覚えています」

リオンは笑った。

「そんなこと言ったかな」

「言いました。

だから、最初の一週間は名前の札ばかり書かされました」

ルーシェは棚の札を指でなぞった。

年月が経ち、インクは少し薄れている。

それでも、読みやすいように文字の大きさが揃っていた。

「今度の弟子にも、同じことを教えます」

「そうしてくれると嬉しい」

そのとき、村の診療所から伝言が届いた。

高齢の患者が薬を飲み忘れ、家族が困っているという。

ルーシェは診療所と相談し、服用時刻を記した札を作ることにした。

ニナには札の文字を、テオには箱の仕切りを頼む。

「僕たち、薬を調合しなくても役に立てるんですね」

テオが言うと、リオンは頷いた。

「むしろ、こういう仕事が人を助けることも多いんだ」

ルーシェは二人の顔を見た。

新しい弟子を迎えるのは、知識を教えるだけではない。

どんな仕事に価値があるのか、一緒に見つけていくことなのだ。

翌朝から、小さな講習が始まった。

最初の授業は調合ではなかった。

リオンは黒板に大きく書いた。

『分からないことは、分からないと言う』

ニナが首を傾げた。

「薬の作り方じゃないんですか?」

「作り方を知っているつもりになるのが、一番危ないんだ」

リオンは二つの瓶を並べた。

どちらも青い液体だった。

「片方は回復薬。

もう片方は、見た目だけ似せたただの色水。

どうやって見分ける?」

「匂いですか?」

「色ですか?」

「どちらも決め手にならないね」

テオが瓶の底を見た。

「番号が刻んである」

「そう。

製造記録と照合するんだ。

見た目で判断しないこと」

子どもたちは目を輝かせた。

ルーシェも思わず微笑んだ。

かつて自分も、同じように師匠の言葉を聞いた。

しかし授業の途中、リオンがチョークを落とした。

白い棒が床を転がる。

「師匠?」

「大丈夫。

手が滑っただけ」

リオンは拾おうとしたが、右手の指がうまく曲がらなかった。

ルーシェはすぐに授業を引き継いだ。

「今日はここまで。

次は薬瓶の表示を練習しましょう」

二人が帰ったあと、彼女はリオンを椅子に座らせた。

「大丈夫じゃありません」

「……そうだね」

初めて、師匠が否定しなかった。

ルーシェは黒い筋の位置を測り、記録帳に書き込んだ。

昨日より、わずかに伸びている。

「中央病院に連絡します。

明日、検査を受けましょう」

「うん」

「それと、昨日の古い帳簿を見せてください」

リオンは目を伏せた。

「まだ整理できていないんだ」

「私に見せられない記録なんですか?」

「そうじゃない」

「じゃあ、どうして」

リオンは答えなかった。

その夜、ルーシェは寝室の灯りが消えるまで待った。

そして、調合台の引き出しを見つめた。

勝手に開けるべきではない。

けれど、師匠が倒れたら。

そう考えるだけで胸が苦しくなった。


翌朝。

村の診療所から医師が来た。

検査石を右手に当てると、薄い青色の光が揺らいだ。

「神経の反応が弱くなっています」

医師は眉をひそめた。

「原因を調べるため、王都の専門家にも相談しましょう」

リオンは頷いた。

そのとき、庭からニナの声がした。

「先生! 今日の授業、始められますか!」

リオンは立ち上がろうとした。

だが、足に力が入らなかった。

ルーシェが支える。

「師匠!」

「……少し、立ちくらみが」

その声は、驚くほど弱かった。

薬を作らない工房に弟子は増えた。

けれど、最初の師匠が、少しずつ薬瓶を持てなくなっていた。

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