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ポーション作りの錬金薬師  作者: レモンティー


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第八十五話 金貨一万枚を積まれても、薬を売らなかった

重い木箱の蓋が閉じる音が、会議室に響いた。

「……どういうつもりだ?」

大貴族が低い声で尋ねた。

「薬はまだ完成していません」

リオンは落ち着いて答えた。

「完成していないものを、売る約束はできません」

「金貨一万枚だぞ。

研究費も施設も、すべて用意してやる」

ルーシェは金貨の箱を見つめた。

地方の小さな病院なら、何年も運営できるほどの額だった。

「師匠……」

声を掛けかけた彼女に、リオンは小さく頷いた。

「魅力的な提案です。

ですが、独占供給の条件は受けられません」

大貴族の顔が赤くなった。

「庶民にまで長寿を与える必要があるのか!」

ルーシェは思わず立ち上がった。

「必要があるかどうかを、あなたが決めるんですか?」

「何だと?」

「私たちの町には、ひ孫に会いたいと願っている百歳のおじいさんがいます。

その願いと、あなたが長生きしたい願いは、何が違うんですか」

貴族は口を開いたが、言葉が出てこなかった。

医療担当官が会議を打ち切った。

王宮を出ると、ルーシェは長く息を吐いた。

「怖かった……」

「よく話せたね」

「足、ずっと震えていました」

「私も少しね」

「師匠でも?」

「金貨一万枚を断る機会なんて、そうそうないから」

ルーシェは思わず笑った。

だが、笑いは長く続かなかった。

「師匠。

あのお金があれば、研究をずっと早く進められたかもしれません」

「そうだね」

「薬師のいない町にも工房を作れます。

断って、本当に良かったんでしょうか」

リオンは立ち止まった。

「迷うのは悪いことじゃない。

でも、守るべき条件をお金で変えたら、次はもっと大きな額で変えたくなるかもしれない」

「……はい」

「資金は別の方法で集めよう。

条件を公開して、研究を支えてくれる人を探すんだ」

夜警を引き受けた衛兵は、割れた窓の前で言った。

「金貨一万枚を断ったと聞きました。

正直、私にはできません」

ルーシェは苦笑した。

「私も迷いました。

でも、師匠は研究を買い取らせなかったんです」

「なら、我々はせめて窓を守りましょう」

衛兵は槍を持ち直した。

小さな工房の明かりは、夜更けまで消えなかった。

翌日、ルーシェは研究費の内訳をまとめた。

器具の購入費、材料費、検査費、人員の報酬、長期記録の管理費。

必要な額は大きかったが、用途を分けると、協力できる人の顔が見えてきた。

薬師組合は検査員を派遣すると申し出た。

病院は長期観察の仕組みを相談してくれた。

商会は研究用の材料を適正価格で提供すると約束した。

「一万枚の金貨はありませんけど、助けてくれる人はたくさんいますね」

ルーシェは少し元気を取り戻した。

その夜、工房の窓が割れる音がした。

翌朝、研究費の相談に来た商会長は、帳簿を見て感心した。

「金を集めるだけなら簡単だ。

使い道を明らかにする方が難しい」

「お金を出してくださる人に、何をしているか知ってほしいんです」

ルーシェは説明した。

「成功だけではなく、失敗した研究にも費用がかかります。

そこも隠しません」

商会長は笑った。

「失敗に金を出せと言われたのは初めてだ」

「失敗を確かめないと、安全な薬は作れません」

「分かった。

器具の購入費はうちが負担しよう。

ただし、結果を定期的に見せてくれ」

翌朝、研究費の相談に来た商会長は、帳簿を見て感心した。

「金を集めるだけなら簡単だ。

使い道を明らかにする方が難しい」

「お金を出してくださる人に、何をしているか知ってほしいんです」

ルーシェは説明した。

「成功だけではなく、失敗した研究にも費用がかかります。

そこも隠しません」

商会長は笑った。

「失敗に金を出せと言われたのは初めてだ」

「失敗を確かめないと、安全な薬は作れません」

「分かった。

器具の購入費はうちが負担しよう。

ただし、結果を定期的に見せてくれ」

ルーシェは深く頭を下げた。

その午後には、中央病院からも協力の申し出が届いた。

研究の記録管理を手伝い、必要な医療上の助言を行うという。

「師匠、少しずつ形になってきました」

「うん。

誰か一人が全部を握るより、ずっと丈夫な仕組みになりそうだ」

窓の外では、修理を終えた大工が道具を片づけていた。

割られた窓は元に戻ったが、ルーシェの心には、研究を守る覚悟が残っていた。

ルーシェは深く頭を下げた。

その午後には、中央病院からも協力の申し出が届いた。

研究の記録管理を手伝い、必要な医療上の助言を行うという。

「師匠、少しずつ形になってきました」

「うん。

誰か一人が全部を握るより、ずっと丈夫な仕組みになりそうだ」

窓の外では、修理を終えた大工が道具を片づけていた。

割られた窓は元に戻ったが、ルーシェの心には、研究を守る覚悟が残っていた。

ルーシェが駆けつけると、床に石が転がっていた。

石には短い手紙が結びつけられている。

『研究を続けるなら、成果を渡せ』

リオンは割れた窓を見つめた。

「けがはない?」

「大丈夫です。

でも……誰がこんなことを」

「分からない。

だから、決めつけないようにしよう」

二人は衛兵に連絡し、研究資料の保管場所を見直した。

ルーシェは大事な記録帳を抱きしめた。

「盗まれたら、何年もの研究がなくなってしまいます」

「一冊しかないなら、そうなるね」

リオンは新しい紙束を取り出した。

「写しを作ろう。

組合にも預けて、何が起きても研究が続くように」

「秘密を守るために、公開するんですか?」

「危険な情報は管理が必要だけど、失敗記録や安全性の確認方法まで一人で抱える必要はないよ」

翌朝、薬師組合に写しを届けたルーシェは、窓の修理をしていた大工に礼を言った。

「こんなに早く直してくれて、ありがとうございます」

「昔、あんたたちに助けられたからな。

今度は俺の番だ」

ルーシェは笑った。

工房を守っているのは、頑丈な扉だけではない。

人とのつながりもまた、大切な支えだった。

午後、研究室で新しい試験結果が出た。

ルーシェは検査表を見て、表情を変えた。

「師匠。

植物の傷みは減っています。

でも、傷ついた部分の修復まで遅くなっています」

リオンは結果を読み、静かに言った。

「やっぱり、そこが問題か」

「このままでは……」

「人には使えないね」

金貨一万枚を断って守った研究は、まだ完成から遠かった。

そして今度は、薬そのものに、見過ごせない欠点が見つかった。

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