第八十四話 寿命が延びると聞いて、王侯貴族が押しかけてきた
王宮の会議室に入ったルーシェは、思わず足を止めた。
長い机の両側に、豪華な服を着た人々が並んでいた。
王国の貴族だけではない。
隣国の使節や、大商会の代表までいる。
「師匠。
これ、研究の説明会ですよね?」
「そのはずだけど」
「まるで競売会場です」
その言葉は、思ったより当たっていた。
「十年延びるのか?」
「いや、二十年と聞いたぞ」
「若い姿に戻れるなら、金はいくらでも出す」
質問が次々に飛んでくる。
リオンは資料を置き、静かに答えた。
「人の寿命が延びるかどうかは、まだ分かりません」
会議室が一瞬静まった。
「では、なぜ集めた!」
誰かが怒鳴った。
「研究の現状と、安全に続けるための条件を説明するためです」
ルーシェは試験記録を掲げた。
「植物では、老化に関係する変化を遅らせる可能性が見えました。
でも、成長や修復まで遅くなる問題があります。
人に使える薬ではありません」
「植物の話など聞きに来たのではない!」
大柄な貴族が机を叩いた。
「我が父は高齢なのだ。
今すぐ薬が必要なのだぞ」
ルーシェは胸が痛んだ。
大切な家族に長生きしてほしい気持ちは、オルドと変わらない。
「お気持ちは分かります。
でも、危険な薬を使ってしまったら、逆に命を縮めるかもしれません」
「本人が承知していればいいだろう」
リオンが答えた。
「何が起こるか説明できないのに、承知していただくことはできません」
貴族たちは顔を見合わせた。
やがて、一人の男が薄く笑った。
「庶民のための薬と、我々のための薬を同じ基準で扱う必要があるのか?」
ルーシェの指が止まった。
「……どういう意味ですか」
「我々には国を動かす責任がある。
長く生きる価値も、当然違う」
会議室の空気が冷えた。
休憩の終わり、貴族の女性はルーシェに小さく頭を下げた。
「父は昔、私が熱を出すたび夜通しそばにいてくれました。
今度は私がそばにいたいんです」
ルーシェは頷いた。
「その気持ちは、きっとお父様にも伝わります」
彼女は去り際に言った。
「安全な研究のためなら、私も協力します。
父に必要なのは、嘘の希望ではありませんから」
「命の価値を、身分で決めるんですか?」
ルーシェは問い返した。
「若い薬師は黙っていろ」
男の声が鋭くなる。
リオンは静かに立ち上がった。
「彼女は私の共同研究者です。
彼女に発言権がないなら、私もここにいる理由がありません」
会議の前半、財務官は長寿薬が完成した場合の影響を説明した。
「もし一部の人だけが何十年も長く生きられるなら、財産や地位が固定されるおそれがあります」
貴族たちは不満そうに顔をしかめた。
「まだ完成していない薬の話だぞ」
「だから今から考える必要があります」
ルーシェは思わず頷いた。
寿命を延ばすことは、一人の患者の問題だけではない。
家族、仕事、住まい、食料。
王国の暮らし全体に影響する。
別の使者が尋ねた。
「長寿薬ができたら、子どもより老人に優先して使うのか。
それとも病人が先か」
会議の前半、財務官は長寿薬が完成した場合の影響を説明した。
「もし一部の人だけが何十年も長く生きられるなら、財産や地位が固定されるおそれがあります」
貴族たちは不満そうに顔をしかめた。
「まだ完成していない薬の話だぞ」
「だから今から考える必要があります」
ルーシェは思わず頷いた。
寿命を延ばすことは、一人の患者の問題だけではない。
家族、仕事、住まい、食料。
王国の暮らし全体に影響する。
別の使者が尋ねた。
「長寿薬ができたら、子どもより老人に優先して使うのか。
それとも病人が先か」
「今は誰に使える薬なのかすら分かっていません」
リオンは答えた。
「研究が進んだら、医師や患者、各国の代表と一緒に考える必要があります」
その言葉に、会議室の一角で小さなため息が聞こえた。
人々は簡単な答えを欲しがっていた。
しかし簡単な答えを出せないことも、薬師の責任だった。
「今は誰に使える薬なのかすら分かっていません」
リオンは答えた。
「研究が進んだら、医師や患者、各国の代表と一緒に考える必要があります」
その言葉に、会議室の一角で小さなため息が聞こえた。
人々は簡単な答えを欲しがっていた。
しかし簡単な答えを出せないことも、薬師の責任だった。
王宮の医療担当官が慌てて仲裁に入った。
「皆様、議論を続けるためにも、互いの立場を尊重してください」
ルーシェは深呼吸し、改めて言った。
「安全性を確かめる順番を、身分やお金で変えるつもりはありません」
会議は荒れたまま昼を迎えた。
休憩中、廊下で一人の若い貴族女性が声を掛けてきた。
「先ほどは失礼しました。
私は父のために来たんです」
彼女の父親は病気ではないが、急に体力が落ちているという。
「何もできずに待つのが怖いんです」
ルーシェは女性の話を最後まで聞いた。
「今できることはあります。
主治医の先生と相談して、暮らしや治療を整えることです。
まだない薬を待つ間にも、できることはあります」
女性は涙をこらえながら頷いた。
「研究が安全に進むことを願っています」
午後の会議で、ルーシェはその女性の言葉を思い出していた。
ここにいる人々は、皆が欲深いわけではない。
怖くて、何かにすがりたい人もいる。
だからこそ、嘘の希望を売ってはいけない。
会議の終盤、最も裕福だと噂される大貴族が立ち上がった。
「長い説明は結構だ。
研究には金が必要なのだろう?」
彼が指を鳴らすと、部下たちが大きな木箱を運び込んだ。
蓋が開いた瞬間、室内に金色の光が反射した。
「金貨一万枚だ」
ルーシェは息を呑んだ。
その金額があれば、薬師のいない町にいくつもの工房を建てられる。
大貴族は満足げに笑った。
「代わりに、完成した薬を我が一族だけに供給してもらおう」
リオンは金貨を見た。
そして、何も言わずに箱の蓋を閉じた。




