第八十二話 老化を遅らせるポーションを作ってみた
「師匠、予約が四十二件になりました」
「昨日は?」
「三十件です」
「増えるのが早いね」
「薬は一滴も完成していません!」
ルーシェは台帳を机に置いた。
貴族の名前、商会の名前、遠方の国の使者の名前まで並んでいる。
中には「百年分の寿命を希望」と書いた者もいた。
「百年なんて、どうやって注文するつもりなんでしょう」
「百年後まで苦情を言いに来ないと思っているのかな」
「笑い事じゃありません!」
リオンは工房の入口に札を掲げた。
『長寿薬は未完成です。
予約・販売は受け付けていません』
それでも見物人は減らなかった。
研究室では、植物の葉に起こる変化を観察していた。
まず成分の作用を分離し、魔力の影響を受けない条件でも比較する。
二人は試験用の植物を同じ環境で育て、葉の傷みや新芽の数を毎日記録した。
「この抽出液、葉の色が保たれています」
ルーシェが示した鉢は、ほかより緑が濃かった。
「いい結果に見えるね。
でも、それだけで成功とは言えない」
「分かっています。
根も、成長も、全部調べます」
最初の数日は期待が膨らんだ。
薬を与えた植物は、葉の傷みが遅く見えたからだ。
ところが十日後、ルーシェが悲鳴を上げた。
「師匠! 芽が出ていません!」
対照の鉢では新芽が伸びている。
試作品を与えた鉢では、古い葉は元気そうなのに、新しい芽の成長が遅かった。
「老化を遅らせたつもりが、成長まで遅らせてしまった」
リオンは記録に大きく赤い印をつけた。
「これでは人に使えないね」
ルーシェは肩を落とした。
「最初から失敗ですか」
「大事な失敗だよ。
体に必要な変化まで止める危険があると分かった」
「でも、外の人たちは完成を待っています」
「待ってもらおう。
期待に合わせて結果を作ったら、研究じゃなくなる」
昼休み、見習いの薬師が尋ねた。
「先生、成功した鉢だけを見せた方が、支援が集まるんじゃありませんか?」
ルーシェは首を振った。
「それでは、次の薬師が同じ失敗をします。
うまくいかなかった条件も残すんです」
見習いはしばらく考え、失敗した鉢の札にも日付を書いた。
「これも、研究の成果なんですね」
「そう。
誰かの命に関わる研究なら、なおさらです」
その日の午後、薬師組合から検査担当の女性が訪れた。
「試験結果を見せていただけますか」
リオンは失敗した鉢も含め、すべて見せた。
「よろしいのですか。
これを見たら、資金を出す貴族が減るかもしれません」
次の試験では、二人は鉢の置き場所を入れ替えた。
日当たりが違えば、薬のせいではない変化が出る。
水の量も揃え、どの鉢に試作品を与えたか、観察担当者には分からないようにした。
「そこまでする必要がありますか?」
見習いが尋ねる。
「あるよ。
成功してほしいと思っていると、少しの違いを大きく見たくなるからね」
リオンの説明に、ルーシェは頷いた。
結果が出るまでの数日間、工房は静かだった。
誰も「成功」という言葉を口にしない。
鉢の高さを測り、葉の数を数え、ただ記録を重ねた。
ようやく封を開けると、試作品の効果は最初に思ったほど大きくなかった。
「期待しすぎていたんですね」
次の試験では、二人は鉢の置き場所を入れ替えた。
日当たりが違えば、薬のせいではない変化が出る。
水の量も揃え、どの鉢に試作品を与えたか、観察担当者には分からないようにした。
「そこまでする必要がありますか?」
見習いが尋ねる。
「あるよ。
成功してほしいと思っていると、少しの違いを大きく見たくなるからね」
リオンの説明に、ルーシェは頷いた。
結果が出るまでの数日間、工房は静かだった。
誰も「成功」という言葉を口にしない。
鉢の高さを測り、葉の数を数え、ただ記録を重ねた。
ようやく封を開けると、試作品の効果は最初に思ったほど大きくなかった。
「期待しすぎていたんですね」
ルーシェは肩を落とした。
「でも、確かな違いが残っているかもしれない。
そこを調べるんだ」
リオンは失敗の印を押した鉢の隣に、もう一つ鉢を置いた。
「研究は、都合のいい結果を集める仕事じゃないからね」
その夜、ルーシェは予約台帳に『研究段階。
効果未確認』と朱書きした。
ルーシェは肩を落とした。
「でも、確かな違いが残っているかもしれない。
そこを調べるんだ」
リオンは失敗の印を押した鉢の隣に、もう一つ鉢を置いた。
「研究は、都合のいい結果を集める仕事じゃないからね」
その夜、ルーシェは予約台帳に『研究段階。
効果未確認』と朱書きした。
「危険を隠して資金を集める方が困ります」
女性は頷き、帳簿に署名した。
「それなら組合として、研究の検査体制に協力します。
ただし、人への使用はまだ認められません」
「もちろんです」
ルーシェは試験計画を練り直した。
成長と修復に必要な働きは残し、不要な損傷の蓄積だけを減らせないか。
成分を細かく分け、濃度を変え、何十通りも比較する。
夜遅く、ルーシェが空の薬瓶を並べながら言った。
「師匠。
寿命を延ばす薬って、ただ元気になる薬よりずっと難しいですね」
「何十年先の結果まで考えないといけないからね」
「私たち、生きているうちに完成させられるでしょうか」
「完成を急ぐより、次の薬師が続きを調べられるようにすることも大事だよ」
その言葉に、ルーシェは研究帳の余白へ新しい欄を作った。
『未解決の問題』
翌朝、入口の札に誰かが書き足していた。
『未完成でもよい。
高値で買う』
さらに、その下には別の筆跡でこうあった。
『金貨百枚』
ルーシェは札を見つめた。
「師匠。
今度は薬じゃなくて、噂の方を止める方法が必要です」
リオンは苦笑した。
だが、噂が運んできたのは金だけではなかった。
王都の古い薬師が、かつての若返り薬の被害記録を持って、工房を訪れようとしていた。




