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ポーション作りの錬金薬師  作者: レモンティー


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第八話:安全という暴力

黒い霧が、ゆっくりと広がる。

視界が歪む。

距離感が狂う。

だが――

「効かない……だと?」

専属錬金術師の声に、初めて明確な動揺が混じった。

「効いてるよ」

リオンは淡々と答える。

「“弱く”ね」

次の瞬間。

床に叩きつけられる音。

ガシャン――!

複数の瓶が、男の足元で砕けた。

「っ――!」

ルーシェが息を呑む。

広がる液体。

立ち上る蒸気。

「下がれ!」

リオンが腕を引く。

遅れて、床から白い霧が噴き出した。

「……複合毒」

リオンが低く呟く。

「吸入で神経麻痺、接触で皮膚腐食」

「さらに遅延型で内臓に蓄積」

「……そんな……」

ルーシェの声が震える。

「三層構造だ」

「しかも環境依存型」

白い霧が、ゆっくりと広がりながら――

“流れる”。

「空気の流れを読んでる……?」

「違う」

リオンは首を振る。

「読んでるんじゃない。“作ってる”」

男が、静かに手をかざす。

調合室の隅。

見えない位置に設置された器具が、微かに唸る。

「空気循環装置……」

ルーシェが呟く。

「そうだ」

男は薄く笑う。

「この部屋そのものが“装置”だ」

霧が、意志を持ったように二人へ迫る。

逃げ場はない。

「終わりだ」

男の宣告。

だが――

「いや」

リオンは、動かなかった。

「むしろ、ここからだ」

一本の瓶を取り出す。

透明。

そして――床に転がした。

「……?」

何も起きない。

だが次の瞬間。

白い霧が――

「……流れが、乱れた?」

ルーシェが目を見開く。

「透明は“存在希釈”だけじゃない」

リオンは次の瓶を開ける。

青。

自分の喉へ流し込む。

「局所的に“認識されない空間”を作る」

男の眉が動く。

「……何?」

「流体は“差”で動く」

リオンの声は冷静だった。

「温度差、圧力差、濃度差」

一歩、踏み出す。

「そして――“認識差”でも歪む」

霧が、不自然に避ける。

まるでそこだけ“存在しない”かのように。

「馬鹿な……」

男が一歩後退する。

「そんな理屈――」

「理屈じゃない」

リオンは淡々と言う。

「観測結果だ」

次の瞬間。

緑の瓶を投げる。

パリン――!

霧の中で砕け、淡い光が広がる。

「中和……?」

ルーシェが呟く。

「完全じゃない」

リオンは首を振る。

「でも“致死”を“軽傷”に変えるには十分だ」

白い霧の濃度が落ちる。

致命域が、削られる。

「安全型は“勝てない”?」

リオンが静かに笑う。

「違うね」

さらに一歩。

霧の中へ踏み込む。

「“負けない”んだよ」

男の表情が歪む。

「……止まれ!」

手が動く。

今度は――液体。

床を這うように広がる黒い流体。

「接触即死」

男の声が冷える。

「避けられるか?」

だが――

リオンは止まらない。

赤の瓶を、足元へ。

割る。

「――っ!?」

ルーシェの目が見開かれる。

リオンの動きが――変わる。

速い。

だが、ただの加速ではない。

「踏まない……?」

黒い液体の“間”を、

正確に踏み抜いていく。

「反応速度だけ上げてる」

リオンが短く言う。

「筋力はそのまま。だから制御できる」

最短距離。

一直線。

「来るな――!」

男が叫ぶ。

だが、遅い。

リオンはすでに間合いに入っていた。

そして――

何も持たない手で、男の胸元を掴む。

「……終わりだ」

静かな声。

男が笑う。

「触れたな」

勝ちを確信した声。

「皮膚接触型の毒が――」

「効かないよ」

リオンは遮る。

「対策済みだ」

男の目が見開かれる。

「な……」

「さっき、舐めたろ?」

最初の瓶。

あの一滴。

「あれ、分析だけじゃない」

リオンは淡々と言う。

「“微量耐性”を作ってる」

沈黙。

「安全型はね」

ゆっくりと、言葉を落とす。

「即死させない」

「でも、確実に効かせる」

男の膝が崩れる。

「……貴様……何者だ……」

リオンは少しだけ考え――

「錬金薬師」

とだけ答えた。

そのまま、男を床に倒す。

意識はある。

だが、動けない。

完全に制圧。

静寂。

霧が、ゆっくりと薄れていく。

ルーシェは、その場に立ち尽くしていた。

「……勝った……?」

「うん」

リオンは軽く言う。

「完勝」

「……安全型で……」

リオンは肩をすくめる。

「安全ってのはね」

床に転がる瓶を一瞥する。

「“弱い”って意味じゃない」

視線を、ルーシェへ。

「“制御できる”って意味だ」

沈黙。

その言葉が、静かに響く。

調合室。

毒に満ちた空間で――

“安全”が、勝った。

「さて」

リオンは振り返る。

「まだ終わりじゃない」

「……え?」

「こいつは“実行役”だ」

倒れた男を見下ろす。

「命令したやつがいる」

ルーシェの表情が強張る。

「……まさか…父……」

リオンは否定しない。

「確認しに行こうか」

静かな声。

だが、その奥には確信があった。

「“本体”を」

戦いは終わった。

だが――

本当の問題は、これからだった。


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