第七話:同じ毒、違う思想
扉が閉まる。
外の気配が、切り離された。
「……静かですね」
ルーシェの声が、わずかに震える。
「当然だよ」
リオンは室内を一瞥した。
「ここは“外に知られちゃいけない場所”だ」
調合室。
壁一面に並ぶ薬品棚。
整然と並べられた瓶。
精密な器具。
そして――
「……臭い」
リオンが呟く。
「え?」
「わかるだろ」
ルーシェは息を吸う。
ほんのわずか。
だが確かに――
「……甘い、匂い」
「そう」
リオンはゆっくり歩き出す。
「誤魔化してる」
棚の前で足を止める。
指先で、一本の瓶を弾く。
「通常の鎮静剤に見せかけてるが――」
コルクを抜く。
ほんの一滴、指に垂らし、
舌先で触れた。
「……やっぱりだ」
「な、何してるんですか!?」
「味見」
即答。
「毒ですよね!?」
「だからだよ」
リオンは淡々と続ける。
「味、粘度、後味の残り方――全部一致してる」
ルーシェの顔が青ざめる。
「一致って……」
リオンは瓶を掲げた。
「君が飲まされてた毒と“同じ系統”」
その一言で、空気が凍る。
「……そんな……」
ルーシェの手が震える。
「外部からじゃない……」
「うん」
リオンは迷いなく言う。
「内部製造」
沈黙。
否定の余地はなかった。
ルーシェは棚に手をつき、
必死に呼吸を整える。
「……家の中で……」
「しかも、かなり高度だ」
リオンは別の瓶を取り、光にかざす。
「遅効性、蓄積型、検出困難」
「趣味が悪い」
そのとき。
――カツン。
背後。
「……やはり、侵入者か」
低い声。
振り返る。
そこにいたのは――
白衣の男。
年齢は四十前後。
整った身なり。
無駄のない立ち姿。
「お前が“異端の錬金薬師”か」
視線がリオンに向けられる。
「随分と好き勝手してくれたものだ」
リオンは肩をすくめる。
「そっちが先に毒を盛ったんだろ」
男は、わずかに笑った。
「必要な処置だ」
ルーシェが息を呑む。
「……処置?」
「家の安定のためだ」
男は平然と言った。
「不要な存在は、静かに排除する」
「それだけのこと」
「……っ」
ルーシェの表情が歪む。
「私は……不要……?」
男は一切迷わない。
「資質が足りない」
「従順でもない」
「価値がない」
言葉が、刃のように落ちる。
「だから、処理する」
リオンが一歩前に出た。
「ずいぶん効率的だね」
「当然だ」
男は即答する。
「無駄を省き、最適を選ぶ」
「それが錬金術だ」
リオンは、小さく笑った。
「違うね」
空気が変わる。
「それはただの“選別”だ」
リオンの声は静かだった。
だが――重い。
「錬金術は“可能性を残す技術”だ」
「殺すための道具じゃない」
男の目が細くなる。
「理想論だな」
「現実だよ」
リオンは一本の瓶を取り出す。
緑。
「これは“回復薬”だ」
「……だから何だ」
「君の毒と同じ技術で作ってる」
男の眉がわずかに動く。
「同じ分子操作」
「同じ浸透制御」
「違うのは――目的だけ」
リオンは瓶を軽く揺らす。
「殺すか、救うか」
沈黙。
「……くだらん」
男が一歩踏み出す。
「結果が全てだ」
その瞬間。
男の手が動いた。
粉末が、空中に散る。
「吸うな!」
リオンが叫ぶ。
ルーシェを引き寄せる。
「即効性神経毒だ」
「終わりだ」
男の声。
だが――
「いや」
リオンは、すでに瓶を開けていた。
青。
ルーシェの口に流し込む。
「飲め!」
「――っ!」
数秒。
ルーシェの動きが止まり――
「……動ける」
「痛覚遮断と神経保護を同時にかけた」
リオンは男を見る。
「“対策済み”だ」
男の表情が初めて崩れた。
「……何だと?」
「言っただろ」
リオンは静かに言う。
「同じ技術だって」
そして、もう一本。
黒。
「でも――」
瓶を落とす。
霧が広がる。
「使い方は、こっちの方が上だ」
男の視界が歪む。
「な――」
「判断力、鈍ったね」
リオンは前に出る。
その動きは、無駄がない。
「ルーシェ」
「……はい」
「自分で選べ」
リオンは振り返らない。
「こいつを止めるか」
「逃げるか」
ルーシェの手が震える。
目の前には――
自分を殺そうとした現実。
だが同時に――
自分で選ぶ機会。
「……私は」
一歩、踏み出す。
「止めます」
その声は、もう震えていなかった。
リオンは、わずかに笑った。
「いいね」
黒い霧の中。
対峙する三人。
調合室は、もはや研究の場ではない。
「……戦場だ」
静かに、戦いが始まる。




